2026.5月
主宰句
葦焼くをまほらの音と諾へり
池の辺をしづかに逸る芝火かな
灰皿に椿を浮かせ母の留守
龍天にのぼり海坂のこりけり
子猫くる籠とおんなじリボン結ひ
水逸るゆゑ花房の青白し
青年の腕の喪章花明る
春の鴨金剛杖に数へられ
大仏へ田螺の躙る日和かな
ふた叩きで砂浴び終へし雀の子
巻頭15句
山尾玉藻推薦
蹄鉄を打つたび木の芽ほぐれけり 山田美恵子
蒼天の窓に城あり大試験 蘭定かず子
鈍色の空をいとはず梅ふふむ 坂口夫佐子
涅槃講てんでに泥の靴で来し 上林ふらと
春光を掻き乱しゐる撒き餌かな 大東由美子
横向きに保線士の影牡丹雪 するきいつこ
芝焼の火矢番へたる頬被 亀澤 邦男
根菜の賑やかに煮え女正月 高尾 豊子
鴨引いてこの国ターニングポイント 藤田 素子
山裾に紅梅けぶる遍路笠 五島 節子
冴返る竹の節目の白と黒 福盛 孝明
揚雲雀渾身の鈴ふるはせつ わたや 栞
風筋を覚え初めたる柳の芽 小林 成子
芽吹きたる雑木に隠れ母の家 窪田精一郎
建国の日や音読みと訓読みと 坂倉 一光
今月の作品鑑賞
山尾玉藻
蹄鉄を打つたび木の芽ほぐれけり 山田美恵子
馬小屋から蹄鉄を打つ音が春まだ浅い牧場に響いているのでしょう。辺りの樹々も漸く芽を吹き出し、蹄鉄を打つ音がまるで芽吹きを急がせているようだと捉えた作者です。牧開きの日もそう遠くはなさそうです。
蒼天の窓に城あり大試験 蘭定かず子
城下町の大学で学年試験か進級試験、或いは卒業試験が実施されています。窓から眺める空は素晴らしく晴れ渡り、遠く威厳ある城郭が臨めます。そんな窓外の悠然とした景が、大試験に滞りなくパスして無事社会へ飛び立てとばかりに、学生にエールを送っているようです。
鈍色の空をいとはず梅ふふむ 坂口夫佐子
早春のどんより曇った空を「鈍色」と捉えた点、その空の下の梅の蕾の膨らみようを「いとはず」と感情移入した点、この二点から春を待つ思いの丈が伝わります。
涅槃講てんでに泥の靴で来し 上林ふらと
地方の涅槃会の一景なのでしょう。夜の内に雨は止んだものの、ぬかるんだ山道、川辺道、畦道を伝って信者が集まって来ます。やや俗な修辞「てんでに」により、とりどりの数多くの靴の泥に汚れた様子が想像され、そこから人々の信仰心の篤さも窺い知れるでしょう。
春光を掻き乱しゐる撒き餌かな 大東由美子
鳥や魚を集めるために捲き餌がほどこされた瞬間、鳥や魚が我先にと寄ってきて、辺りが急に騒がしくなったのでしょう。それを「春光を掻き乱しゐる」と述べ、逆にそれまでの周囲の落ち着いた長閑さをも伝えます。
横向きに保線士の影牡丹雪 するきいつこ
言われてみれば保線士は鉄路に対し真向かいながら作業をしています。掲句も二、三人の保線士が横へ横へ少しずつ移動しつつ作業しているのでしょう。そんな現実の寸景を「牡丹雪」が柔らかなベールで包み込み、詩の世界に誘います。「横向き」がちょっとした発見です。
芝焼の火矢番へたる頬被 亀澤 邦男
「火矢」とはロケット花火のような弓の矢のことを言います。今まさにその火矢が枯芝に向かって弦に当てられた瞬間なのです。一瞬を捉えて緊張感漂う一句となりました。この緊張感から頬被が凛々しく思えてくるから不思議です。
根菜の賑やかに煮え女正月 高尾 豊子
鍋に煮えて来た根菜は金時人参、牛蒡、南京等、なんとも色鮮やかでほっこりとした賑やかな煮物です。さあよく喋りよく笑う「女正月」の宴の始まりです。
鴨引いてこの国ターニングポイント 藤田 素子
春の到来を鋭敏に察知し鴨たちは北へと帰ってしまい、湖に静けさが戻りました。所が人の世はそれほどのメリハリも見せず、どこか締まりが無く落ち着きを見せません。「この国」と日本を名指しして、平和惚けする日本人の一人である自身への自戒的一句と読みました。
山裾に紅梅けぶる遍路笠 五島 節子
遠山の裾に紅の野梅が今を盛りと咲き誇っているのですが、その様子が今はぼうっと霞んで見えるのです。作者にそう感じさせたのは、作者の眼前をお遍路の真っ白な装束姿がゆっくり過って行った所為なのです。掲句、「山裾の白梅」では成立しないのは明白です。
冴返る竹の節目の白と黒 福盛 孝明
竹の老若は節の色で見分け、節の色が白いものは稚竹、黒っぽいものは老竹です。ところで竹林を覗きこんだ作者は何故「冴返る」と感じたのでしょうか。恐らく黒い節の竹の今後が急に気掛りとなったからでしょう。
揚雲雀渾身の鈴ふるはせつ わたや 栞
空高く揚がる雲雀の声を聞き止めると、小さな命の健気さと懸命さをしみじみ実感します。その思いに存分に叶う表現の「渾身の鈴ふるはせつ」に脱帽です。
風筋を覚え初めたる柳の芽 小林 成子
枯柳の枝に新芽がほつほつ噴き出し、枝が風に応え始める頃となりました。そんな景を「風筋を覚え初めたる」と「芽」を主体にして詠み、初々しい景に仕上げました。
芽吹きたる雑木に隠れ母の家 窪田精一郎
雑木林の向こうの母の家を訪ねる時、これまでは落葉した木の間からそれが確認されたのでしょう。しかし芽吹き時の今日、母の家がはっきり見えなくなったのです。母を訪ねながら季節の移ろいを確かに感じている作者。
建国の日や音読みと訓読みと 坂倉 一光
日本語は難しい言語の一つと言われ、漢字や平仮名、特有の曖昧さ、敬語の使用が原因とされます。その上掲句が言う漢字に音訓読みがあり複雑です。しかし裏を返せばその複雑さは、きめ細やかな日本文化のこれまでの歩みでもあり、「建国の日」が多くを語っています。
