2026.3

 

主宰句

  悼・茨木和夫氏

長靴が先ゆき枯野明かりけり

 

寒柝の音が疎林を抜け来たる

 

音もなき雨をさし交ふ寒鴉

 

寒蜆小石の音に量られし

 

夕茜いろを見よとて冬将軍

 

如月や白き神馬が真砂踏み

 

柊を挿し鳶の舞ゆたかにす

 

天窓を鳥過ぐバレンタインの日

 

山の日が膝頭まで猟期果つ

 

淡雪や昼を灯せる猟男の家

 

巻頭15句

     山尾玉藻推薦          

 

十二月八日屋台にげそ焼く香    山田美恵子

 

物流は夜を働くクリスマス     蘭定かず子

 

松迎脚絆しつかり巻きあげて    坂口夫佐子

 

煤逃の拾うて来たる鹿の角     するきいつこ

 

干鮭やいのちを叫ぶ貌のまま    五島 節子

 

凍滝の息継ぐやうに飛沫きけり   大内 鉄幹

 

水樽の鱈引きあぐる明けの市    亀澤 邦男

 

荒海やポケットに冬握りしめ    わたや 栞

 

山眠る明かりの端の譜面台     今澤 淑子

 

ラガーらが胸の日の丸突き出しぬ  西村 節子

 

冬枯をひびかせ落ちし榠樝の実   高尾 豊子

 

綿虫や無音無臭の刻ながれ     小林 成子

 

白息が灯油注ぎ足す月あかり    福盛 孝明

 

冬帝の片足置きし初冠雪      亀元  緑

 

大枯野の真中に思ひ出ししこと   藤田 素子

 

今月の作品鑑賞     

        山尾玉藻         

十二月八日屋台にげそ焼く香  山田美恵子

 昭和十六年十二月八日の日本の真珠湾攻撃により勃発した太平洋戦争でしたが、平和ぼけしていると言われる日本人のどれ程の人が、この日を意識しているのでしょうか。しかし作者は町中を歩きながらもそれを意識しています。「屋台」や「げそ焼く香」の昔ながらのつつましさに、本来の日本人としての在りようを感じ、それが戦を二度と起こしてはならぬという意識へと自ずと繋がったと思われます。

物流は夜を働くクリスマス   蘭定かず子

 物流と聞くと商品を保管する倉庫や運送トラック等の配送をイメージしがちですが、保管、梱包、情報管理等の多種多様な機能が一体化し連動していることを忘れがちです。このように物流は常に活動し続けています。作者はこの事実を「物流は夜を働く」と捉え、それとは真逆のクリスマスの穏やかな世界を対比させたのです。「夜を働く」のは夜のみの意ではなく、昼夜を問わずの意を強調したもの。

松迎脚絆しつかり巻きあげて  坂口夫佐子

 脚絆を巻き上げている人物はこれから門松を作ろうとしているようです。恐らく竹林から青竹を伐り出し、若松、葉牡丹、実南天等を揃え、本格的な門松作りが始まるのでしょう。新年を迎えるにあたり、脚絆を巻き上げる手に力が入ります。

煤逃の拾うて来たる鹿の角   するきいつこ

 この煤逃げの御仁は山中を辿って来たのか、なんと土産は鹿の角。作者にとって全くの無用の長物です。この鹿の角、煤払いを漸く終えた作者の疲れをぐんと増幅させた様子です。

干鮭やいのちを叫ぶ貌のまま   五島 節子

 かさごを干物にした経験があります。鱗、腸、鰓等を取り除き、最後に頭部に包丁を入れると、尖がった口が開き、何かを叫んでいるような形相でした。所で掲句は鱈、一層口を大きく開き、その様子に作者は鱈の無念さを見て取ったのです。「いのちを叫ぶ貌」は誠に的確、心を介した描写句と言えます。

凍滝の息継ぐやうに飛沫きけり  大内 鉄幹

 この滝は完全に凍っておらず、一ヵ所から滝水が少しの間をおきつつ勢いよく飛沫き続けています。凍滝の内部では滝水は絶え間なく落下しており、それを捉えた「息継ぐやうに」の感応は絶対的です。

掲句も心を介した揺るぎない写生句です。

水樽の鱈引きあぐる明けの市   亀澤 邦男

 水樽の中からぐいと引き上げられた鱈が、音を立てて水を垂らす景はこの上なく寒々しいもの。その上で下五の「明けの市」が寒さに念を押しています。

荒海やポケットに冬握りしめ   わたや 栞

 荒海を前に悴む作者は、コートのポケットに突っ込んだ手を固く握りしめています。しかしこれは単なる現実、「冬握りしめ」と直截的表現にすることで、寒さという真実が生れたのです。俳句を詠む上で現実と真実には大きな相違があるのです。

山眠る明かりの端の譜面台    今澤 淑子

 ほど近い枯山は冬日を浴びて優しい明るさを湛え、眼前には譜面台がすっくと立っています。大なるものと小なるもの、柔なるものと硬なるもの、二物を融合させ、穏やかな冬景色を創り上げました。

ラガーらが胸の日の丸突き出しぬ  西村 節子

 ラグビーの勝者達がユニホームの胸を張り、日の丸を誇らしげに示した景を切り取りました。その瞬間、観戦者達の胸にも熱いものが溢れたことでしょう。人間は粛々と掲げられる自国旗に襟を正し、またスポーツ選手の胸のそのマークにはこころ躍る自国愛を実感するものですね。

冬枯をひびかせ落ちし榠樝の実   高尾 豊子

 冬となっても枝にぶら下がていた榠樝の実が、漸く音を立てて落ちたのです。辺りの草木はすっかり枯れ尽くしている今、「冬枯をひびかせ落ちし」の感応は鋭く、冷たい静寂を一瞬破った音だったようです。

綿虫や無音無臭の刻ながれ    小林 成子

日射しの中で蒼白く光りつつ舞う綿虫にはしんとした美しさがあり、それが群れ舞う様子は幻想的ですらあります。成程、あの光景を指して「無音無臭」とは誠に言い得ており、大いに納得しました。

白息が灯油注ぎ足す月あかり   福盛 孝明

 冬月光を浴びながら灯油缶からストーブに灯油を注いでいる景。その人物の吐く白息は日中のそれと異なり、月光の下で蒼白く際立っていたに違いありません。月の存在が弥が上にも夜の寒さを増長させ、それを読み手に如実に伝えています。

冬帝の片足置きし初冠雪     亀元  緑

 作者は今年初めての冠雪を眩しみつつ、未だ枯肌を露わにする山容を眺めています。頂の冠雪を冬帝が片足を置いたからと捉えた点がユニークでありダイナミックです。やがて冬帝が頂きに居座ると全き雪山と変貌するのでしょう。

大枯野の真中に思ひ出ししこと  藤田 素子

 必要な時に思い出せず、関りの無い時にそれをふと思い出す、そんな経験は度々あるものです。それも「大枯野の真中」で思い出したのですから、阿保らしさ、滑稽さ、荒唐無稽さが入り混じった人間の複雑な心理が手に取るように鮮明です。