2026.2月
主宰句
討入の日の綿虫がこんなにも
山々の押し合うてゐる酢茎樽
金銀の水引胴に新巻鮭
何燃しし灰が空ゆく年の空
沖よりの日波尽きざり鏡餅
若菜篭至楽しらくと土こぼれ
地下鉄の風に膨らむインバネス
風花や伶人町へ坂がかり
鴨鍋の煮えきし芹のひとみどり
母立つて風をさまりし寒牡丹
巻頭15句
山尾玉藻推薦
霜晴やひと山越えてきし拳 坂口夫佐子
母の家の朝霜踏まれゐし安堵 山田美恵子
コスモスの種とる影の伸び縮み 大東由美子
むらさきを一会の色に冬菫 蘭定かず子
寒釣の舟影すべる潮のみち 五島 節子
穭田に潜める雀発てば百 上林ふらと
冬立つや献酒ラベルに波頭 髙松由利子
冬日射しかすかに狂ひある秤 湯谷 良
往診具に歳月の傷冬に入る 大内 鉄幹
狐火や取り消されたるメッセージ 高尾 豊子
風花や日の貼りつけるメガソーラー するきいつこ
炉話に壁の猟銃影引ける 西村 節子
蜜柑山パラグライダーの影すべり 小林 成子
神棚を棄つると決めし冬の鵙 福盛 孝明
山小屋の布団の重き夢見かな 窪田精一郎
今月の作品鑑賞
山尾玉藻
霜晴やひと山越えてきし拳 坂口夫佐子
夜の内に霜が降りた今朝は心地よいほど晴れ渡っています。そこへ山を越えてきた人が訪ねて来たのですが、作者はふとその拳に注目しました。しっかりと握られた両拳が、越えて来た山中の底冷えを確かに語っています。体言止めの強さが実感できる一句です。
母の家の朝霜踏まれゐし安堵 山田美恵子
霜の句が続きます。恐らく独り居の母上を訪ねるみちすがら、昨夜はさぞ冷えたであろう母を案じています。しかし母の家へ着いた途端、家の前の霜を踏んだ足跡を見て漸く安堵したのです。まめまめしく動いた様子の足跡は正しく母のものだったからです。
コスモスの種取る影の伸び縮み 大東由美子
種を結ぶ頃のコスモスは弱弱しく伸び切ったり、倒れこんだりしています。そんな種を採るには突っ立ったままではなく、背を丸めたり座り込んだりしなければなりません。「影の伸び縮み」がそれを的確に伝えており、対象を正しく捉える眼が働いている一句です。
むらさきを一会の色に冬菫 蘭定かず子
最近「一期一会」の成語がよく詠み込まれますが、この成語の力を借りるだけに終わるケースが多々見受けられます。しかし掲句はささやかな命を伝える冬菫の「むらさき」にそれを覚え、自己が小さな対象に強く関わっている事を伝えて成功しています。
寒釣の舟影すべる潮のみち 五島 節子
耐寒性に強い鮃、鰈、いなめ等を寒中に釣るのを寒釣と言い、その舟影ならさぞや寒々しいものでしょう。しかも激しい潮の流れに逆らえず、流れのままに滑る影を想像するだけで、体の心底まで凍てつくようです。
穭田に潜める雀発てば百 上林ふらと
静かな景として眺めていた穭田でしたが、其処から不意に思いがけぬ数の雀が飛び立ったのです。その数の多さに驚いた作者ですが、その驚きを「百」の数に託しているのです。
冬立つや献酒ラベルに波頭 髙松由利子
神社に奉納されている酒樽か一升瓶でしょう、見るとそのラベルには激しい波頭が描かれています。作者はラベルのいかにも勢いありそうな波頭に、ふと気が引き締まり、自ずと今日が立冬だという意識に繋がりました。自然が必然を生んだ一瞬の感応と言えます。
冬日射しかすかに狂ひある秤 湯谷 良
この秤は常に作者が使用する料理用の小さな秤かも知れません。今日もそれを使いつつ、少々の狂いを正しく心得えて料理に励んでいるのでしょう。冬の日射しの中、少し誤差のある秤がほのぼの感を漂わせます。また秤を体重計と解すると違った愉しさが生れます。
往診具に歳月の傷冬に入る 大内 鉄幹
往診の為の用意をしつつ、鞄は勿論のこともろもろの器具の傷を眺め、往診に過ごした時間への感慨にふけっている作者です。「冬に入る」の張り詰めた季感が、今後も往診を重ね過ごそうとする作者の気概を伝えています。
狐火や取り消されたるメッセージ 高尾 豊子
ライン交信で時折メッセージが「○○がメッセージの送信を取り消しました」と表示されますが、受信側にとっては気がかりで内容のほどを色々想像したりします。この心理が「狐火」の真偽に微妙に絡み合います。
風花や日の貼りつけるメガソーラー するきいつこ
電車や車の窓から見るメガソーラーは広大なもので、それが日当たっている景は眩しいほどです。風花がきらきらと舞うあるがままの美とメガソーラーの人工的輝きが一つとなる世界を創り上げています。しかしこの現代の景、どこか歪みがあるように思えてなりません。
炉話に壁の猟銃影引ける 西村 節子
炉を囲む人達に炉の主の話が弾んでいるのでしょう。そのような中で作者がふと壁に眼を遣ると、其処に掛かる猟銃が濃い影を引いています。この景により炉の主が猟師であり、話も狩について語られているのが自ずと判って来ます。
蜜柑山パラグライダーの影すべり 小林 成子
明るい一景を切り取りました。柔らかな黄一色の蜜柑山を真っ黒なパラグライダーの影が過ります。昔ながらの景に現代の特異なものが一瞬関わり一体化し、今風の空間を創りあげました。
神棚を捨つると決めし冬の鵙 福盛 孝明
作者のご実家は代々続いた立派な家柄だと聞き及んでいます。今は空き家とは言え、何棟もある屋敷を処分するには大変な決意を要したことで、中でも父祖の昔を見守ってきた神棚を処分するには胸が痛んだ筈です。鈍く鳴く「冬の鵙」に大いに自己投影が成されています。
山小屋の布団の重き夢見かな 窪田精一郎
無論山小屋の寝具は贅沢なものではなく、昔ながらの重たい綿の掛布団なのでしょう。掲句、寝覚めの良し悪しは述べていませんが、「布団の重き」で寝覚めの悪さを十分に伝えています。いわゆる省略の妙ですね。
