2025.12

 

主宰句

 

蜩のほとけ声ひく夕べかな

 

秋水の辺りたしかに獣臭

 

あきつ群れゐる瀬頭の立つところ

 

二百十日細目にたどる潮境

 

ややあつて夜目に秋澄むこと言へり

 

抱き来しはペットボトルの糸瓜水

 

明け初めきたり山音と露草と

 

ねんごろに月渡りゆく枯山水

 

熟柿吸ひ猿の裔と諾へり

 

螻蛄の夜なまくら包丁宥めつつ

 

巻頭15句

     山尾玉藻推薦            

 

筋塀に影散らしゆく秋の蝶     湯谷  良

 

庭草の丈に風ある子規忌かな    蘭定かず子

 

あぢさゐは錆朱を深め秋遍路    山田美恵子

 

刺羽渡れる日溜りの舫ひ舟     五島 節子

 

檀の実この空ならば遠まはり    坂口夫佐子

 

山柿の赫々山に生つてこそ     福盛 孝明

 

色鳥や往診どきの耳聡く      大内 鉄幹

 

反すたび城山消せる椋鳥の群    小林 成子

 

鳥渡るコンビナートのパイプ群   わたや 栞

 

三日月の山の端に消ゆ蕎麦の花   高尾 豊子

 

稲刈れるさらに頭を下げて刈る   大東由美子

 

蹼の通ふ径なり草の花       西畑 敦子

 

ピノキオの鼻に影ある良夜かな   藤田 素子

 

お隣りも独りなりけり昼の虫    福本 郁子

 

爺婆の昼どきなりし稲雀      小野 勝弘

 

今月の作品鑑賞     

        山尾玉藻           

  筋塀に影散らしゆく秋の蝶     湯谷  良

 御所や門跡寺院の築地塀は白い横筋で飾られていますが、格式により筋の数が異なります。五本筋が最高とされますが、掲句の塀にも複数の筋があるのでしょう。秋蝶の影が濃くはっきりと刻まれてゆくのではなく、いくつかの筋の所為で影が細かい欠片となって過ぎて行くのです。「影散らしゆく」が塀の様子を的確に捉えています。

庭草の丈に風ある子規忌かな    蘭定かず子

 病床にあった子規は庭の四季折々の草花や、枕元に据えて貰った鉢植えの花にこころ癒されていました。作者は庭の草ぐさが風に吹かれるのを見て、根岸子規庵の庭の景を重ね、自ずと子規の死に臨んだ境地を思っています。草花を愛した子規の静かな境地に反し、その臨終の三句には生への壮絶な願いが滲み出ているからでしょう。

あぢさゐは錆朱を深め秋遍路    山田美恵子

 秋に入った紫陽花はその毬のような姿を崩すことなく枯色を深めて行きます。「錆朱を深め」よりこの紫陽花の枯れざまが鮮明に思われ、その存在が横を過ぎて行く白装束の遍路姿を印影づけます。鳴らして行く遍路鈴の音もこころに染み入るようです。

刺羽渡れる日溜りの舫ひ舟     五島 節子

 「刺羽」は鴉より小さめの猛禽類、春から初夏にかけて日本に繁殖の為に渡ってきて、秋には越冬の為に南の国へ渡ってゆきます。その刺羽の渡りの下、繋がれた舟は揺れながらも身動きが取れません。謂わば動なる対象と静なる対象を組み合わせ、刺羽の渡りという大いなる営みを強調した一句です。

檀の実この空ならば遠まはり    坂口夫佐子

 掲句、「この空ならば」と述べながら晴天なのか曇天なかは示していません。しかし「檀の実」と上五に掲げることで、誰しも紅の実が映える碧天を想像する筈です。この点で読者の心を一瞬で掴み取る力があります。言い換えれば「檀の実」が絶対的効果を奏しているのです。

山柿の赫々山に生つてこそ     福盛 孝明

 一見当然ごとのような句意ですが、そうではありません。物は在るべき所に在ってこそ存在価値が高まるもので、それも「山柿」と断定されて大いに納得できます。「赤々」ではなく「赫々」の表記にも山柿に対する拘りが見られます。

色鳥や往診どきの耳聡く      大内 鉄幹

 作者はドクター、毎日多忙なスケジュールの合間を縫って往診もされているようです。そんな時は医院での診断時の緊張から解き放たれるのでしょう。「耳聡く」より、色鳥の囀りに耳を傾け楽しむ様子にこころのゆとりが窺えます。

反すたび城山消せる椋鳥の群    小林 成子

 空を飛ぶ椋鳥の一群はまるで黒雲が駆けているように見えます。この群は城山を遥かにして飛翔しているのでしょうが、一群が翻るたびに城山を搔き消すのです。作者は目を凝らしその景を楽しんでいます。

鳥渡るコンビナートのパイプ群   わたや 栞

 コンビナートには直線、曲線の無数の巨大なパイプが混然とした景を生み出しています。この化け物のような無機質な景と、鳥の渡りという大自然の整然とした営みとを取り合わせ、現代の切ないような一風景を描きとりました。

三日月の山の端に消ゆ蕎麦の花   高尾 豊子

  蕎麦は瘦せ地でも実ることもあり、この景は山間地の蕎麦畑でしょうか。三日月が山に落ちた後の冷えびえとした山気が漂う中、蕎麦の花が白々とした世界を浮かび上がらせています。

稲刈れるさらに頭を下げて刈る   大東由美子 

 稲刈りの景を眺める嘱目詠でしょう。「さらに頭を下げて刈る」から、一層力を籠めて稲を刈り進む人物が窺い知れます。稲が刈られてゆく確かな音が聞こえ、むっとするような稲の香が立ち上がってくるようです。

蹼の通ふ径なり草の花       西畑 敦子

 時折鴨は水から上り陸地の草叢や木の根で日に当たっています。水鳥は水に浮いてこそ優雅な姿ですが、蹼が陸地を歩く様子はやや滑稽です。ぺたぺたと歩く蹼に辺りの「草の花」が優しく揺れることでしょう。

ピノキオの鼻に影ある良夜かな   藤田 素子

 ピノキオの人形が壁に吊るされているのでしょうか、月明に照らされその長い鼻の影が壁にくっきりと刻まれています。「鼻の影」ではなく「鼻に影」とした点に、作者がその鼻の長さを改めて意識しているのが解ります。

お隣りも独りなりけり昼の虫    福本 郁子

 古い町内では高齢者が多く、中で配偶者に先立たれ独居生活を送る人が目立つ社会です。作者もその隣家の方も同様らしく、静かな昼の虫の音を聞きつつ、隣人の寂しさを思い、そこに自分の寂しさを重ねています。

爺婆の昼どきなりし稲雀      小野 勝弘

 稲刈りをするのも大方が高齢者となった地の白昼の景なのでしょう。お年寄り達が昼餉の為に留守をする間を狙い、稲雀が嬉々と稲の穂を啄みます。「爺婆の」と限定した所に小さな村落の高齢化現象が垣間見えます。