2025.11

 

主宰句

 

水甕に正面あらず秋の風

 

山姥の内緒の茸か真白なる

 

霊山の裾にこゑ挙ぐ曼珠沙華

 

かろがろと声明と和し花芒

 

弁当も蓋も六角つづれさせ

 

てつぺんを好める鵙に日落つる

 

鳥辺山あたりと知るや雁の棹

 

小鳥来て身の内ほのと丹いろなる

 

露の世の角屋主の色白な

 

霧を来し漆黒フェイスヘルメット

 

巻頭15句

     山尾玉藻推薦           

 

沖合を見せ稲妻の矢つぎばや      蘭定かず子

 

一舟のさ揺れにひろぐ天の川      山田美恵子

 

新涼へ袂ひろぐる翁面         五島 節子

 

さびしらの山音に垂れ竹の花      坂口夫佐子

 

蟬殻の転がつてゐる脱衣籠       高尾 豊子

 

盆花を稚抱くやうに母戻る       西村 節子

 

盆荒れの火山灰飛ぶ浜に誰ぞ      するきいつこ

 

金魚田を烟らする赤大いなる      大東由美子

 

大まかに畳んでぬくし秋日傘      湯谷  良

 

弓を張る三つ紋の腕今朝の秋      根本ひろ子

 

叡山の影の控ふる大文字        西川ゆうこ

 

谷谷の霧立ちのぼる帰省かな      小林 成子

 

責められしか百枝の柿のたわわなる   石原 暁子

 

つつ立つる種向日葵のうしろ影     福盛 孝明

 

向日葵の海へ向うて疲れゐし      亀澤 邦男

 

今月の作品鑑賞     

        山尾玉藻     

沖合を見せ稲妻の矢つぎばや   蘭定かず子

 稲の結実時期に多い放電現象なので「稲妻」と呼ばれますが、雲の内部や雷雲と地面との間に生じるひらめく火花のことを指しますす。厚い雲に覆われた海上へいくたびも閃光が刺さり、その度に沖をゆく貨物船やタンカーが瞬時照らし出されます。それはまるで次々に素早く画面が変わるスライドショーのようだったのでしょう。下五「矢つぎばや」の修辞が臨場感を高めています。

一舟のさ揺れにひろぐ天の川   山田美恵子

 荘厳にそして雄大に広がる天の川の下、杭に繋がれている舟でしょうか、それとも夜釣りの舟でしょうか。舟が小さく揺れる度、それに応えるかのように天の川の帯が更に伸びやかに広がるように感じられたのです。宇宙の神秘と地上の小さな現実が創り上げる幻想的な一景を描いています。

新涼へ袂ひろぐる翁面      五島 節子

 能の祝言曲の中で演目「翁」は別格級らしく、演者は舞台上で翁面をつけて神格を得て、舞い終わると再び舞台で面を外すと聞いています。掲句、翁が客席側へ両手を広げ極めのポーズをとる荘厳な一瞬を切り取りました。「新涼や」ではなく「新涼へ」のが効を奏し、翁の神格を一層大らかに高めているようです。

さびしらの山音に垂れ竹の花   坂口夫佐子

 秋には山々は紅葉黄葉で装いますが、その反面静寂の中での山を吹く風音、木の葉の降る音等は確かに寂しみを生むものです。その寂しみが竹の花を咲かせたとする感覚に惹かれます。竹は稀に黄緑の花をつけますが開花後はその多くが枯死すると聞けば、尚更共感を覚えます。

蟬殻の転がつてゐる脱衣籠    高尾 豊子

 昼間、蟬殻を拾った子が、湯を浴びた後の脱衣籠に忘れて行った蟬殻なのでしょう。今頃、その子は蟬殻のことを思い出しているかも知れません。そんな想像を別にしても、意外な場所に蟬殻を見つけた作者のちょっとした驚きが伝わってきます。全くの嘱目詠ながら、その景を見逃さなかったのは大きな手柄と言えるでしょう。

盆花を稚抱くやうに母戻る    西村 節子

 盆用意の盆花を母が大事そうに胸に抱えて帰ってきました。その抱き方はまるで赤子を抱くように愛おしそうです。この母の仕草に、盆を迎える母の敬虔な思いや、仏たちを迎える喜びを見て取っている作者なのです。

 

盆荒れの火山灰飛ぶ浜に誰ぞ   するきいつこ

 作者は鹿児島の出身、桜島をバックにした句に実感があります。今年の盆の天候は荒れ模様、しかも桜島から火山灰が容赦なく降ってくる悪天候です。しかしそんな天候にも関わらず誰かが浜に出ています。このような天候に慣れてはいるものの、作者の盆を迎えた穏やかな胸中に少々気がかりが生じたようです。

 

金魚田を烟らする赤大いなる   大東由美子

 金魚田では一枚毎に同種類で同色の金魚が飼育されています。この金魚田はかなり大きな赤い金魚のそれだったのでしょう。其処に餌が撒かれたのか、大量の赤い金魚が餌に群がり、赤く染まった水面が激しく揺らいだのでしょう。「大いなる」で赤い金魚の蠢き様が伝わります。

大まかに畳んでぬくし秋日傘    湯谷  良

 強烈な夏の陽光から身を守るための夏の日傘と異なり、秋の和らいだ日差しの下で日傘を使う心境にはゆとりがあるものです。「大まかに畳む」行為からも「ぬくし」の感覚からもそのゆったり感が伝わってきます。

弓を張る三つ紋の腕今朝の秋    根本ひろ子

 黒紋付に袴という身づくろいなので、かなり格式ある弓術の一景でしょう。男性なら弓手は諸肌を脱ぎ、ぐいと張った馬手の袖に三つ紋が鮮やかに浮き立つようだったのでしょう。「今朝の秋」がその場の凛とした空気感を伝えています。

叡山の影の控ふる大文字      西川ゆうこ

 京都五山の送り火「大文字」の夜、東山には厳かにも華やかな炎の大文字が浮かび上がります。その煌びやかな景を見下ろすかのように漆黒の比叡山が聳え立っています。「叡山の影の控ふる」に、聖なる送り火「大文字」を大いに加護する神仏の力なるものを思いました。

谷谷の霧立ちのぼる帰省かな    小林 成子

 遠く眺める山間の谷谷を今盛んに霧がのぼり始め、幼い頃から慣れ親しんできた山並みの景が鮮明となって来たのでしょう。作者はその景により帰郷をしたという実感を濃くし、喜びがふつふつと湧き出てきたようです。

責められしか百枝の柿のたわわなる  石原 暁子

 何々の実が「たわわ」の表現はごく陳腐ですが、「責められしか」の思いが絶対的効果をあげていて注目しました。少し衝撃的「責められしか」ですが、これは言わずと知れた新年に成木責に遇ったからなのかという柿の木への問いかけであり、柿の実への祝ことばなのです。

つつ立つる種向日葵のうしろ影    福盛 孝明

 盛夏は精悍さを誇る向日葵も、十月初旬頃に黒々とした顔を重そうに垂れる種向日葵となり、その姿は哀れです。作者はその哀れさを「うしろ影」の一語に集約しました。どんな様子で、どのように哀れなのか、それらを一切語らないのは、「うしろ影」が言外に多くを語っている故なのです。

 

向日葵の海へ向うて疲れゐし     亀澤 邦男

 「疲れゐし」から想像するに、この向日葵は水が足りずしな垂れているやや弱気な様子です。しかしそうとはせず、常に大海に真向かっている緊張の所為で生気に欠けていると捉えたのです。向日葵とても無限のエネルギーを秘する海にはどうも勝てない様子です。