2017.8月

 

主宰句    

 

風すぢに子規の花ばな曝しけり

 

賑ははし寂しアイスクリンの鐘

 

煌めきつかなぶん交み落ちにけり

 

人を呼ぶてのひら大き炎暑かな

 

真つ直ぐに来る舟の上の白日傘

 

青歯朶のあはひを水の踊り来る

 

七夕や父の紙縒のうるはしく

 

中元を抱へ日傘の畳みどき

 

葛切の暖簾をくぐる大事あり

 

大佛に近くとうすみ倒立す

 

巻頭15句

                             山尾玉藻推薦               

ひろびろと僧の当てたる藺座布団      蘭定かず子

切穴(すつぽん)に青き照明夏芝居           山本 耀子

砂浴びの雀にこぼれ夾竹桃         山田美恵子

藤棚をはづれ繊月傾ぎけり         坂口夫佐子

緑蔭やのぼりくるひとみなちさし      小林 成子

堰越えむとす花筏粗仕立て         井上 淳子

バス降りてよりのなりゆき夏鶯       大山 文子

鬼百合の水平線を揺らしをり        松山 直美

夏うぐひす水ことごとく宇治へ落つ     深澤  鱶

アメ横の雨のあがりし灯蛾かな       西村 節子

甘藍の畑の切株あらあらし         上原 悦子

大淀を滴らしけり鰻筒           河﨑 尚子

経本はルビ頼りなり夏鶯          高尾 豊子

熱帯魚進みて水をふるはする        松本 薬夏

祭笛ひとりの形をこしらふる        今澤 淑子

 

今月の作品鑑賞

          山尾玉藻         

ひろびろと僧の当てたる藺座布団     蘭定かず子

 一般に僧侶には豪華で大きめの座布団を用意します。この藺座布団も鮮やかな織りで広やかなものだったのでしょう。しかし僧侶が座ると、薄物の衣の裾が軽やかに広がり、大きな藺座布団も覆われてしまったのです。その景に作者は一瞬涼風が立ったように感じたのかも知ません。一見何気ない「ひろびろと」の表現ですが、この場合はこの上なく効果的な修辞。印象鮮明な一句です。

切穴(すつぽん)青き照明夏芝居          山本 耀子

 「切穴」とは歌舞伎役者を奈落からせり上がらせる為に設けた花道の穴のことです。作者のいる客席から、花道に不意に蒼白いスポットが当たったのが見え、おどろおどろしい太鼓の音がひびき始めたのでしょう。妖しき影の出現に胸躍らせる一瞬です。夏芝居ならではの着眼です。

砂浴びの雀にこぼれ夾竹桃        山田美恵子

 雀が夏日の中で砂浴びをしている景はあまり涼やかではありませんが、それに誘われたかのように、横の夾竹桃がはらはらと零れ散ったのです。旺んに咲く夾竹桃もまた涼やかな対象ではなのですが、ちりめんのような花弁が地に零れる様子は意外と涼し気です。雀の砂浴びの景が急に涼やかな景として作者の眼に映り始めたのは確かでしょう。

藤棚をはづれ繊月傾ぎけり        坂口夫佐子

作者の自宅の藤は花房が垂れずこんもりと咲くだるま藤。作者はそれが見事に咲いた棚を二階から見下ろしているのでしょう。見ると、繊月が西に傾ぎ、まるで咲き広がる花藤の絨毯から滑り落ちたような景です。「藤棚をはづれ」の措辞で、豊饒たる一面の花藤とは対照的な繊月のか細さや哀れさが強調されました。

緑蔭やのぼりくるひとみなちさし     小林 成子

 山中の緑蔭に座しながら、作者はさきほど自分が登ってきた山道を見下ろしているのです。すると、山道を辿って来る人たちがとても小さく眺められて、山に登ってきた実感を新たにする作者なのでしょう。

堰越えむとす花筏粗仕立て        井上 淳子

 堰に近づいてくる花筏の一つが、びっしり寄り集まったものではなく、隙間だらけで今にも崩れそうなのが気掛かりで仕方ない作者です。その花筏が堰を落ちて砕け散ってしまった景が、作者には早や見えているのでしょう。「粗仕立て」と捉えた点に、細やかでやさしい眼差しが感じられます。

バス降りてよりのなりゆき夏鶯      大山 文子

 甲山森林公園での吟。初めてのバスに乗り、初めての場所に降り立った時の所感でしょう。地理が解らず始めは少し戸惑ったものの、夏鶯の明るく元気な声も後押ししてくれ、何とかなるだろう、と大様な作者です。こんなとるに足らぬ内容(失礼)も季語次第で一句に成るものです。

鬼百合の水平線を揺らしをり       松山 直美

 高みに立つ作者の眼の前に鬼百合が数本咲いており、花と同じ高さに遠く水平線が望めるのでしょう。風が出て鬼百合の花が揺れた途端、遥かな水平線も揺れたように感じられたのです。黒っぽい斑点のあるオレンジ色の鬼百合の強烈な存在感が、発想の逆転を呼んだのです。   

夏うぐひす水ことごとく宇治へ落つ    深澤  鱶

 宇治川の流域にある天ヶ瀬ダム付近での嘱目詠でしょう。このダムは至近距離に宇治橋や平等院がある都市型ダムであり、「水ことごとく宇治へ落つ」は非常に再現力のある表現と感じました。「夏うぐひす」の旺盛な鳴き声も流れを宇治へ宇治へと急かせているようです。

アメ横の雨のあがりし灯蛾かな      西村 節子

 東京上野のアメヤ横丁の夜の路地風景は経験がないのですが、恐らく煌々とした電灯の下で活気ある声が飛び交うのでしょう。電灯の辺に群がる蛾の影が賑わしく商品の上に舞い、雨後の涼気も忽ちのうちに消え失せるのでしょう。

甘藍の畑の切株あらあらし        上原 悦子

 大きく育った甘藍は葉が四方に張り、まるで花が咲いたように感じられるものですが、普通はその切株の太さまで意識しません。しかし、作者は甘藍が収穫された畑に残る株を目撃して、その太さと逞しさに驚き、改めてキャベツの生命力に圧倒されている様子です。「あらあらし」の断定にその驚き加減が窺えます。

大淀を滴らしけり鰻筒          河﨑 尚子   

 この場合の「大淀」は淀川のこと。淀の流れから鰻の仕掛けを勢いよくあげた景を切り取った一句です。「大淀を滴らしけり」の表現がとてもダイナミックで、とうとうと流れる大河を抱え込んでしまう再現力があります。

経本はルビ頼りなり夏鶯         高尾 豊子

 なるほど、私などは経本にルビが無ければ読経の真似ごとさえ出来ないでしょう。ルビを読みながら訥々と読経する作者の耳に、頻りになく覇気ある夏鶯の声がとどき、作者の経を読む声はいよいよ自信なさ気にか細くなったのでしょうか。

熱帯魚進みて水をふるはする       松本 薬夏

 金魚や目高には見られぬ細やかな美しさで泳ぐのが熱帯魚。その泳ぎぶりを敢えて「進む」としてその優雅さを、その身をつつむ水に眼を目を転じた「水をふるはする」にその動きの繊細さを示して、熱帯魚を鮮明に映像化してみせた一句です。

祭笛ひとりの形をこしらふる       今澤 淑子

 遠く鳴る祭笛にこころを躍らせながら、姿見の前で浴衣を着つける作者。折しも家人は留守、一人だけの祭り見物の様子です。「ひとりの形をこしらふる」には、ゆっくりと身ごしらえをするゆとりと、それとは裏腹な早く出かけたいというこころ急かれる思いが交差しているようです。