2016.7月

 

 

主宰句 

 

海風の茅花流しとなるところ

 

苔玉に白き花咲く入梅かな

 

これしきの枝に森青蛙の卵

 

麦星へ伏せ葬あとの大羽釜

 

峽晴の三日つづきし花南瓜

 

いち日を家居ときめし裸足かな

 

朝ぐもり生飯台の上の箸二本

 

大阪の空濡れてゐる鱧の皮

 

桶の水天神祭の鉦に萎え

 

キャンピングカーのベッドに星の本

 

巻頭15句

                             山尾玉藻推薦                

 

川音のとどく旧道菊根分          坂口夫佐子

 

あをぞらの余せるひかり飛花落花       小林成子

 

仏間より打ちかへしやる紙風船       山田美恵子

 

バスの尻谷へ出てゐる春子山         大山文子

 

寝疲れの顔をよぎりぬ春の蠅        蘭定かず子

 

花桃の下影の濃き妻の留守          深澤 鱶

 

花人と釣り人のゐる汀かな          涼野海音

 

毛虫這ふ日差しに追はれゐるやうに      林 範昭

 

普段着でそれも素顔で花の下         山本耀子

 

かげろひて犬の首抱く子供かな        河﨑尚子

 

筍にあんばいの良き頭陀袋         大東由美子

 

堂縁に鉛筆まろぶ養花天           松井倫子

 

虻飛んで飯盛山を大きくす          今澤淑子

 

花の昼授乳テントに稚のこゑ         井上淳子

 

入学の子にとびきりのオムライス     根本ひろ子

 

今月の作品鑑賞

         山尾玉藻        

 

川音のとどく旧道菊根分      坂口夫佐子

快い川音が絶えない鄙びた家並みが見えて来ます。「旧道」という場所設定の良さでしょう。何よりも「菊根分」が静かな生活ぶりを語っていて、えも言われぬゆかしさが漂う景となっています。

あをぞらの余せるひかり飛花落花   小林成子

日を反しながら桜が散る様子は大変美しいものです。その輝きを「あをぞらの余せるひかり」と捉えた感覚が素晴らしい。一般に桜の散りゆく様は哀れを誘う美しさと捉えがちですが、太陽の散華と捉えたところに詩人としてのセンスが光っています。

仏間より打ちかへしやる紙風船   山田美恵子

隣室で小さな子が打っていた紙風船が、作者のいる仏間へ飛んできたのでしょう。作者は素早くそれを打ち返してやります。二間の声のやり取りが聞こえてくる微笑ましい一句となっています。

バスの尻谷へ出てゐる春子山     大山文子

このバスは春子狩ツアーに臨時に仕立てられたもので、駐車場も山に急きょ用意された狭い場所なのでしょう。バスの後部が谷へせり出すという危なっかしい様子と、「春子山」からイメージする温かく長閑な雰囲気とが大変対照的で愉快です。

寝疲れの顔をよぎりぬ春の蠅    蘭定かず子

寝すぎると意識がぼんやりするものです。そんな顔を「春の蠅」が過り、作者は漸く目覚めた様子です。人は「春眠暁を覚えず」なのですが、蠅は早々と活動しているのです。

花桃の下影の濃き妻の留守      深澤 鱶

男性にとって妻とは常に何気なく傍らに居てくれる相手であり、高齢ともなると妻の留守はどうも心許なくなるのでしょう。「下影の濃き」とは、元より自分の胸の内の翳りなのです。  

花人と釣り人のゐる汀かな      涼野海音

川辺か海辺に桜並木があるのでしょう。桜の下をゆっくりと辿る人々を背に、静かに釣り糸を垂れる人々。別の世界に浸る人たちが一体となって、駘蕩とした春の世界を表出しています。

毛虫這ふ日差しに追はれゐるやうに  林 範昭 

木の枝や葉に日が射し込み、それまでゆったりしていた毛虫が慌てて動き出したのでしょう。日陰へと急ぐ毛虫が「日差しに追はれゐるやうに」と捉えたところに一つの真があるようです。

普段着でそれも素顔で花の下     山本耀子

朝の桜を仰いだ時の感応でしょうか。お洒落もせず化粧もしない作者を、この桜は穏やかに受け入れてくれているのです。作者は桜を仰ぎつつ、純な思い、真っ新な心境となっていったことでしょう。

かげろひて犬の首抱く子供かな    河﨑尚子

少し遠方で子供が屈みこんで犬と戯れているのでしょう。「犬の首抱く」より、子供より大きな犬であろうことや、子供の犬への愛情の深さが窺い知れます。陽炎がつくるこころ和む世界。

筍にあんばいの良き頭陀袋     大東由美子

ごろごろとした筍はなかなか扱い難いのですが、この「頭陀袋」には不思議ときちんと収まった様子です。しし本来、この袋は旅の修行僧が経文や食器を入れて首に掛けるものであり、どんな厄介な容をした物も受け入れて呉れる袋なのでしょう。

堂縁に鉛筆まろぶ養花天       松井倫子

堂縁に鉛筆が転がっているという変哲もない光景です。しかしさっきまで誰かがそこに居た事は明らかです。はて、花曇の頃、句手帳と鉛筆を持ち歩くのは一体どん輩なのでしょうか。

虻飛んで飯盛山を大きくす      今澤淑子

「飯盛山」は白虎隊が自刃した山。遠くそれを望んでいた作者の眼前を虻が過り、その微かな翅音が若者たちの悲劇をふと蘇らせたのでしょう。「大きくす」とはその感慨のデフォルメと言えるでしょう。

花の昼授乳テントに稚のこゑ     井上淳子

花見客でごった返す中、授乳中の母親と赤ん坊の為に張られたテントから、乳足りた赤ん坊のご機嫌な声がします。まさしく日本の平和を象徴するような一句です。

入学の子にとびきりのオムライス   根本ひろ子

入学祝いに何をご馳走しようかと尋ねたら、「オムライス」と可愛い返事が返ってきたのです。作者はまだまだ欲を知らぬ子を愛おしく思いつつ、オムライス作りに腕を振るったことでしょう。