2015.12月
主宰句
白鷺城仰ぐたび水澄みにけり
美しき狭間見上げゐて火恋し
水あれば白壁あれば小鳥来る
昼よりは水へかぶける松手入
ひと匙の酢を足し釣瓶落しかな
今朝冬の深海ブルーのとんぼ玉
水走る澪の分かちし鴨の陣
何焚きし跡と跨ぎし寒さかな
着膨れて篤と青年励ませり
野施行の先立ち行ける割烹着
巻頭15句
山尾玉藻推薦
野分後角なき鹿の草ごもり 山本耀子
朝霧の地つたひに来る牛の声 坂口夫佐子
秋日傘港湾の音くぐりゆく 小林成子
自然薯掘帽を目深に戻りけり 大山文子
虫売や草の色さす籠積んで 深澤 鱶
ばつたんこ打たれ上手の音なりし 山田美恵子
塩壺の底掻いてゐる良夜かな 蘭定かず子
コスモスに何悪させし羽音なる 今澤淑子
膕のくらきを思ひ真葛原 河﨑尚子
綿菓子に顔の隠るる厄日かな 大東由美子
コスモスを花束にしてつまらなし 藤田素子
炎帝の下へ鴉の飛びゆけり 涼野海音
栗ごはんやさしき言葉かけられず 高尾豊子
石庭の波にたちたる秋の風 松山直美
てのひらに吸ひついてくる秋茄子 林 範昭
今月の作品鑑賞
山尾玉藻
野分後角なき鹿の草ごもり 山本耀子
「角なき鹿」とは雌鹿ではなく角伐りで角を失った雄鹿を指しています。角を失った雄鹿に精悍さは微塵もなく、そのことへの憐憫が「草ごもり」の陰の感応に繋がったのでしょう。鹿はただ草に座しているだけなのでしょうが。
朝霧の地つたひに来る牛の声 坂口夫佐子
作者のいる場所からほど近い所に牛舎があるのでしょう。霧に濡れた牛の鳴き声にしっとりとした趣があったのでしょう。「地つたひに来る」の表現に朝霧の濃さや湿りが感じられます。
秋日傘港湾の音くぐりゆく 小林成子
船舶の汽笛、貨物の揚げ下ろしの機械音、トラックのエンジン音など、港湾ではかなり雑多な音が重なり合ってひびいているものです。非日常的なごたごたとした音の中を行く優し気な秋日傘は印象的です。
自然薯掘帽を目深に戻りけり 大山文子
自然薯を疵つけずしかも折らぬように掘るのは生半可な作業ではないと聞いています。山土を相手に根気を要する仕事だけに自然薯掘は明るいイメージのものではありません。その雰囲気が「帽を目深に」でよく伝わってきます。
虫売や草の色さす箱積んで 深澤 鱶
「草の色」は籠に透ける虫の影と思いますが、売られてゆく虫の儚さを思う作者の心象が「草の色」を一層意識させたのでしょう。客観写生に主観があやなせるこころの写生と言えるでしょう。
塩壺の底掻いてゐる良夜かな 蘭定かず子
塩壺の底に湿った塩がこびりついているのでしょう。余り快いとは言えない雑音ともいうべきその音が、「良夜」の季語を得て俄かに清澄な色合いの音としてひびいてきます。
コスモスに何悪させし羽音なる 今澤淑子
コスモス叢から飛び立った羽搏ちを耳にした作者は、咄嗟に何鳥かがコスモスに悪戯をしたと感じ取っています。優し気なコスモスとは全く似ても似つかぬ荒々しい羽音だったに違いありません。
コスモスを花束にしてつまらなし 藤田素子
コスモスは忽ちにして風を捉え揺れ続ける花、野にあってこそのコスモスなのでしょう。「花束にしてつまらなし」とはよくぞ言ってくれました。コスモスの真をつく一元句です。