let's  いめいじん句" 

「いめいじん句"」投句大募集!

 

 

月号「いめいじん句"」のお知らせ

 

毎月掲載される1枚のカットをもとに、

自由な発想による作品を募集します。

応募された作品を選者が鑑賞いたします。

初心者の方も大歓迎!お気軽にご応募ください。

 

 

 

                                                                                        カット:山本耀子

                                                                                                                                          [例句]

誇らしくトロフィー掲げ休暇明け

秋澄むや医局の隅の優勝杯

大会に一喜一憂生身魂

                                                                                 

 ●投句方法

 投句はメールでお願いします。

専用投句フォームに必要事項をご記入のうえ

送信してください。

いめいじん句" 投句はこちら

 

投句フォーム以外での投句をご希望の方は

下記のアドレスでも受け付けています。

info@kaseihaikukai.com

 

 

 

●締め切り

 

31日(月)

 

●入選作品発表

 

月予定

 

               


7月号「いめいじん句"」  入選作品発表

                     山尾玉藻選

 

 

 

 

 

 

 

 


   土壁の罅の乾きや蝉しぐれ     南野ひとし

昔ながらの木造の家屋の外壁でしょうか。

土壁に罅が走り、そこへ夏の陽光が容赦なく照り付けているのでしょう。

作者には、その乾き切った罅に蟬の声が染み入るように感じられたことでしょう。

細やかな心が働いた一句です。

 

  ほろ苦き旅の途中の麦茶かな    坂倉一光

「ほろ苦き旅」とは、作者にとって傷心を癒す旅だったのでしょうか。

それとも吹っ切れない思いを捨てに行く旅だったのかも知れません。

旅の途中で飲んだよく冷えた麦茶が、

作者の心の隙をゆっくりと埋めてくれたことでしょう。

特別の飲み物ではない「麦茶」の宜しさが一句に活かされています。

 

かき氷あいつと俺は同い歳     坂倉一光

人は何歳になっても幼い頃に食べた「かき氷」が忘れられないものです。

それは、キーンと頭の天辺にまで届いたあの冷たさや、シロップで染まった

強烈な赤や青の舌を昨日のことのように思い出すからでしょう。

作者にとって「あいつ」とは、赤や青に鮮やかに染まった舌を見せ合い笑い合った相手で、かき氷が恋しくなる季節になると必ず思い出す人物なのです。

「あいつ」の一語に愛が感じられます。

 

   影なき道あの百日紅まで行こう   宇佐美好子

太陽が真上となる炎天下、道に影を落とすものなど一切ありません。

作者はそんな道を喘ぎながら辿りつつ、

「そうだ、あの鮮やかに咲く百日紅までは歩こう」と自分に言い聞かせているのです。

初夏から晩夏まで咲き続ける「百日紅」は、暑さにめげぬ生命力あふれる花です。

そのイメージが作者の心を奮い立たせたのでしょう。

 

弦音の消えて道場蝉時雨      宇佐美好子

何かの事情で、弓道の道場が閉鎖されたのでしょうか。或いは休日なのでしょうか。

今日は道場から辺りを打ち払うような「弦音」は聞こえず、

その代わりに蟬たちの涼やかな声が辺りにひびく景を詠んでいます。

但し、この場合の「消えて」のは「~だから」という原因を示すこととなるので、

「消えし」と自然に詠んだ方が良いでしょう。

 

   秋澄めり庭の木椅子に人迎え     みさを 

秋の気配が日ごとに深まってきたある日、庭に木のテーブルと椅子を出し、

其処へ人を招かれた様子ですね。

やがてテーブルに手作りのクッキーと紅茶が運ばれてきて、

会話が一段と弾んだことでしょう

「木椅子」の具象が爽やかさを感じさせます。

 

断捨離を抹茶アイスでひと休み     芝香    

「断捨離」を思い切って始めてはみたものの、身の回りのものには

それなりの思い入れがあり、思い切りよく捨てられずに時間ばかりが過ぎるものです。

しかし掲句の「ひと休み」ではその迷いが伝わってきません。

<断捨離を中途に抹茶アイスかな>とすると、「中途」という半端な一語によって、

なかなか吹っ切れない自分に困り果てている胸中が想像され、

読み手に共感されることでしょう。

 

  涼しさや薄茶の渦に溶けゆきぬ     翠丘

作者は涼やかにしつらわれたお茶室でお薄を頂いています。

両手に茶碗を包み、お薄を見詰めながゆっくりと飲む作者が想像されます。

「薄茶の渦に溶けゆきぬ」には、お薄に軽く生まれていた美しい渦に

こころが満ちたりていく思いが託されています。

 

   夏椿一輪だけの茶室かな        翠丘

同じ茶室で床の間を拝見した時の一句でしょうが、

「一輪だけの」のだけの濁音が耳障りです。

俳句では耳障りな韻を避けるのが基本的セオリーとされていて、

茶室詠ならなおさら避けるべきでしょう。「一輪のみの」としましょう。

 

ひとくちの残り茶愛し昼寝覚め     昼寝

昼寝前に飲んでいたお茶が湯呑に一口ほど残っていたのを思い出し、

昼寝から目覚めた喉を潤した作者でしょうね。

しかし残っていたお茶は生ぬるくなっていた筈で、それを「愛し」と表するのは

少しピントがずれた表現ではないでしょうか。

このような内容の句にカッコいい表現は不似合いです。

「旨し」で十分です。これで諧謔味のある一句となりました。

 

真夜中の アイスキャンディ抹茶味    晴音

言われてみれば、氷菓を食べるのは必ずしも暑い盛りの真昼間とは限りませんね。

真夜中、あまりにも暑くて眼が覚めた作者は、

起き出して冷凍庫のアイスクリームを取り出したのでしょう。

その点で、類想のないユニークな句と言えますね。

でも「抹茶味」ならカフェインが含まれており、

ますます神経が昂り眠れなくなったのではないですか。お気の毒です。