let's  いめいじん句" 

「いめいじん句"」投句大募集!

 

 

 

月号「いめいじん句"」のお知らせ

 

毎月掲載される1枚のカットをもとに、

自由な発想による作品を募集します。

応募された作品を選者が鑑賞いたします。

初心者の方も大歓迎!お気軽にご応募ください。

今月募集する作品は右のものです。

                                                                                                                                      

                                   カット:山本耀子

                                                                                                                                             

[例句]

秋の香や丹波の姉の古新聞

荒縄を切る音響く菊花展

鵙鳴くや三面記事の大見出し

                                                                                 

 ●投句方法

 投句はメールでお願いします。

専用投句フォームに必要事項をご記入のうえ

送信してください。

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投句フォーム以外での投句をご希望の方は

下記のアドレスでも受け付けています。

info@kaseihaikukai.com

 

 

 

●締め切り

 

30日(日)

 

●入選作品発表

 

10月予定

 

               


8月号「いめいじん句"」  入選作品発表

                     河崎尚子選

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  面を彫る木の香立ちけり夜の秋                                上山 まこと

能面の彫師の姿が思い浮かびました。鑿を入れる度に木の香が立つのでしょう。

季語「夜の秋」からは昼の暑さも去り、家人も寝静まった後の工房で

一心に鑿を打つ男の姿が浮き上がりました。

季語と中七がバランスよく効いていて清しく読み手の心に響きます。

 

  薪能生者の顔に死者の顔                                             坂倉一光

面白い景の切り取り方で、なるほどと思わせられました。

下五「死者の顔」は能面で、中七の生者は、能の演者なのですね。

面をつけた役者が手足の動作によって何事かを表現すれば、

例えば手が涙をぬぐうように動けば面はすでに泣いているのです。

面をつけた役者は今、「死者」となりました。

生者である役者はどの様に舞って、死者の思いを表現しているのでしょう。

 

  衣被にアンデスの塩ほの赤し                                     こつこ

「アンデスの塩」インカ時代から変わらぬ製法で作られる天日塩。

アンデスの高地にあるマラス塩田で採れる自然塩。まろやかな味わいが特徴とあります。

「衣被」里芋を皮つきのままゆでたもの。芋名月に里芋を供えるのは

親芋、子芋、孫芋と次々と増えるめでたさに縁起をかついだとされています。

茹でた子芋の皮は指だけでつるりと向けてとろと柔らかく美味しい。

子芋の天を少し切り取ったところに、ほの赤い塩の色。お相伴に与りたい程です。

中七が日常の微笑ましい小さな景を地球規模に広げています。

 

  仮面脱ぎさらり生きたや冷し酒                                  昼寝

お仕事をされている時の顔を「仮面」と捉えていられると読みました。

その他にも夫としての仮面、父としての仮面、先輩としての仮面、

切りのない程いろいろ思い浮かびます。どの仮面も時には脱ぎたくなる事もあるでしょうが、

責任が重くなればなるほどその思いは強くなるような気がします。

季語「冷し酒」との取り合せ、微妙なバランス感が素敵です。

 

  能面の鬼神見てきし秋の湖                                           みさを

下五「秋の湖」は佐渡の汽水湖、加茂湖の事でしょうか。

佐渡は能を大成した、晩年の世阿弥の流刑地でもありました。

時代は下りますが、江戸時代以降は能が盛んな地として中央からも一目置かれていたとあります。

世阿弥自身が能を佐渡に広げたのではないとウィキペディアにありますが、

何らかの影響があったはずです。能面の鬼神も本当に沢山あるのですね。

鬼面の写真も沢山載っていましたが、そのどれにも哀しみの表情があるのに気づきました。

 

  ペルソナを意識してみる夜長かな                               紀風

ペルソナとは元来古典劇に於いて役者が用いた仮面のことであり、

心理学者のユングは人間の外的側面をペルソナと呼んだとウィキペデイアにあります。

この句の意は感覚的には解ったつもりですが、筆者の頭脳は単純すぎて、

深いところは理解できなくて冷や汗をかくばかりです。

季語に人間の本性について深く考えられている事を感じました。

                                                                                                                               

  武者鬼神が跋扈し陸奥はねぶたかな                           秋生

凄い形相の紙貼りの武者や悪鬼、等々が跳ね歩く姿をテレビでは見ますが、

筆者はまだ、見たことがないのです。青森も弘前も雪国です。

夏が短い分人々はエネルギーを思いきり祭に託し、跳ねまわるのだと聞きました。

「跋扈」辞書には大魚が簗の中に入らないでおどり越えることとあります。

命をかけて跳ねまわるという意味でしょうね。

筆者の生地、京都の祭りは「ゆるりゆるり」と進むものばかりですから、

迫力に満ちたお祭りに憧れます。写生は素敵に出来上がっていますが、

ねぶた祭りの説明に終わっているのが、ちょっと残念です。

 

  故郷や夏野濃くなる伊勢路かな                                  白根紗知子

故郷へ帰られる嬉しさが読み取れます。

蕪村の句に「夏河を越すうれしさよ手に草履」というのがありますが、

「うれしさよ」となくても中七にそれがにじみ出ています。

ただ詠嘆の「や」「かな」を二つとも一句に入れることは禁じ手です。

 

  夜空には夏を彩る花畑                                                  白根佐久良

花火の句ですね。まず、真っ暗な空に花火が大きく開いてその数秒後、

大きな音がお腹にずんと来ます。始めの花火が消えない内に次の花火が開き、

それが次々と続いて空一面がまるでお花畑のように美しかったのでしょう。

夏休みの忘れられない一夜になりましたね。

 

  夏の夜空がきれいだ小笠原                                          白根悠花

小笠原に行かれたのですか。羨ましいな。星空が凄かったのでしょうね。

高村光太郎の詩集に「千恵子は東京に空が無いという。ほんとの空がみたいという

(中略)阿多々羅山の山の上に、毎日出ている青い空が智恵子のほんとの空だという‥‥」

がありますが、海に浮かんだ小笠原の澄み切った本当の夜空はどんなに綺麗だったのでしょう。

 

  我もまた仮面の人ぞ八月尽                                        翠丘

どんな小さな社会であろうと対人関係がある限り、人は皆、

場面や時に合わせたそれぞれの顔(仮面)を持っています。

夫の顔、ゴルフ仲間の顔、旅人の顔等々。人間は人の間と書きます。

人は人と関係を持つことなく生き抜くことは不可能で、

もし出来たとしても、その人という動物はもはや人間ではないのかも知れません。

八月も終わりになっても暑さはなかなか行ってくれません。

季語の離れ加減が、ふと作者が日常に戻られた事を思わせます。