今月の火星作品

主宰句

 

しろがねに辺り濡れゐし夏祓

 

早苗饗の下戸のきれいな箸使ひ

 

上の空らしき団扇の使ひやう

 

よどみなき声引きにけり羽抜鶏

 

萍の片寄り癖へ小雨癖

 

白百合の首のところがふたごころ

 

玉虫や骸となつて尊ばれ

 

大甕にさざ波立つる日の盛

 

足鰭の叩き踏む砂灼けゐたり

 

新しき朝日のとどく水中花

 

巻頭15句          

                 山尾玉藻推薦

 

見上ぐればかならず咲ける泰山木      永井 喬太

 

放射線科まで片蔭の寂とあり        湯谷  良

 

をなもみを投げて味方にしたき人      蘭上かず子

 

潮の香に日覆ふかき写真館         小林 成子

 

見合はする金魚のも古びたり       山田美恵子

 

てつぺんはしなひ覚えし今年竹       坂口夫佐子

 

子が三人ずぶ濡れで行く日の盛       河﨑 尚子

 

はつかなる疼きに海芋ほどけ初む      今澤 淑子

 

ふつふつと身を張らしむる滝の音      山路 一夢

 

ステイホーム豆の花まで日に三度      高尾 豊子

 

きりぎしをつなぐ天空夏立てり       髙松由利子

 

明易しスマートフオンのひと震へ      藤田 素子

 

少し濡れゐしが顔まで水鉄砲        大内 鉄幹

 

夏安居の雨音高き大蘇鉄          林  範昭

 

水ぶつかけ天保飢饉の墓洗ふ        白数 康弘

 

 

今月の作品鑑賞    

           山尾玉藻

  見上ぐればかならず咲ける泰山木   永井 喬太

 「泰山木」の花は仰がねばならぬ高さに咲き、この花に関心のない人にはいつ咲き始めるかなど微塵も気がかりではないだろう。その点、私には毎年六月になると大きな楽しみがある。それは開花を知らせる白っぽい花苞が零れていないかどうかを確かめに、わざわざこの泰山木の下を通ることである。作者も同じ心境に違いない。中七までの巧みな言い切りに、密やかで且つ大きな歓びが籠められており、泰山木の花そのものを述べた揺るぎのない一元句と言えるだろう。

放射線科まで片蔭の寂とあり     湯谷  良

 「放射線科」には特別なひびきがあり、読み手も一瞬緊張する。この緊張感が「片蔭の寂とあり」と呼応して、一句に何か厳しいものを漂わせている。

をなもみを投げて味方にしたき人   蘭上かず子

 どちらかというとオーソドックスで真面目な句風の作者であるが、最近ときおり掲句のような軽妙な詠みをして句の幅を広げてきたようで嬉しい。掲句より幼い頃に気になる男の子に「をなもみ」を投げつけたのを思い出す。歳を重ねた今も、そんな悪戯ごころをくすぐるのがひっつき虫なのだろう。

潮の香に日覆ふかき写真館      小林 成子

 邦画の小品の舞台となるような「写真館」。古いちょっとした洋館で、中では老いた店主が古いカメラの手入れをしているのだろう。「潮の香」がそんな景をソフトフォーカスしていて、味ある一句である。

見合はする金魚のも古びたり    山田美恵子

 一読、長く飼育している金魚と向き合う作者が想像されるが、どっこい金魚の方も作者の「貌」が古びたなあと思っている筈で、読み手はニヤリとする。

てつぺんはしなひ覚えし今年竹     坂口夫佐子

 今年竹がまたたく間に育ち、気づけば風を受けてしなやかにたわみ始めていたのだ。「てつぺんはしなひ覚えし」により若竹の初々しさが伝わってくる。

子が三人ずぶ濡れで行く日の盛     河﨑 尚子

川で水遊びでもしていた子供たちだろうが、「日の盛」の季語を得て「ずぶ濡れ」に爽快さを覚える。作者の驚きをよそに、三人の子はびしょ濡れを大いに楽しんでいたことだろう。

はつかなる疼きに海芋ほどけ初む    今澤 淑子

 「海芋」の花の蕾は純白で円錐形をなしていて、それがほどけて花となる。そんな蕾の色と形が「はつかなる疼き」という心的現象を呼んだのだろう。作者の美的意識の高さを思う。

ふつふつと身を張らしむる滝の音    山路 一夢

 滝の前に静かに佇んでいると、「滝の音」が生身に沁み通っていくようで、いつの間にか荘厳な気持ちとなっているのに気づかされる。そんな時をかけたこころの移行を「ふつふつと身を張らしむる」と表現し、どうしても昂りがちとなる滝の句を冷静に詠んでいる。

  ステイホーム豆の花まで日に三度    高尾 豊子

 コロナ禍での緊急事態宣言下で「ステイホーム」なる言葉が世に行き渡ったが、日に三度は必ず近くの畑の世話と収穫に出かけた作者であろう。その度に優し気な「豆の花」にこころ安らいだことだろう。非常時を詠んでなんの衒いも感じさせず、その点で優れた時事俳句と言ってよいだろう。

  きりぎしをつなぐ天空夏立てり    髙松由利子

 崖と崖とが迫る切通しのような小道をたどる作者。ふと見上げるとそこには狭い空が伸びていて、左右の崖を引き寄せているように窺えたのだろう。その感慨を「きりぎしをつなぐ」と捉えた印象的な作である。

  明易しスマートフオンのひと震へ   藤田 素子

 私も就寝中は「スマートフォン」をマナーモードにしているが、この場合は早朝よりニュースが飛び込んだのかも知れない。スマホが一瞬身震いし、作者はその特異な音に目覚めた様子だ。「ひと震へ」が「明易し」を呼んだようで、この措辞が臨場感を生んだ。

  夏安居の雨音高き大蘇鉄       林  範昭

 寺院にはたいてい大きな蘇鉄がある。「夏安居」中で辺りが粛然とした空気に満ちている中、雨に打たれる硬い蘇鉄の葉だけが大きな音を立てている。その音がいよいよ寺院内の厳かな雰囲気と寺院内の修行の厳しさをもの語るかのようである。

少し濡れゐしが顔まで水鉄砲     大内 鉄幹

 「水鉄砲」で戯れる子供達が描かれている。最初少しだけ濡れていた子供達だが、今は全身びしょ濡れとなっていて、なんとまあと驚く作者である。中七までの簡潔な措辞でそれが知れる愉しい作品である。

  水ぶつかけ天保飢饉の墓洗ふ     白数 康弘

 「水ぶつかけ」は乱暴な表現と捉えがちだが、掲句の場合は真逆の意味の慈悲に満ちた表現と捉えるべきである。それは対象が「天保飢餓の墓」である事実から十分に読み取れる。作者はたっぷりと水をかけ、餓死という壮絶な死を遂げた魂を大いに慰めたのだ。