今月の火星作品

主宰句

 

何ごともそこいらまでよ蓮の骨

 

年の火の照らしあげたる槐ぶり

 

自転車を押して渡船へお元日

 

お年玉抱つこをねだるてのひらに

 

くらはんか茶碗がふたつ餠間

 

母の矮鶏山茶花垣を飛び越せり

 

寒見舞ねばねばのもの召されよと

 

湯気立つること怠らず葬の家

 

節替り夫婦善哉灯をもらし

 

棒鱈に顔無きがゆゑ立てて売る

 

巻頭15句          

       山尾玉藻推薦

 

神集ふ夜さり白鳥しらとり発ちにけり      西村 節子

 

みづうみの照りを額に蕪引       山田美恵子

 

肩の凝るいろ厚物も平物も       坂口夫佐子

 

向ひ家の二階へ移る冬灯        湯谷  良

 

神さぶる朝の山容寒卵         蘭定かず子

 

手ぶらてふ心ぼそさや冬落暉      今澤 淑子

 

小春日の展示の奥の深海魚       髙松由利子

 

葱畑のむかうけぶれる女学院      小林 成子

 

マンモスの骨をあたため山眠る     松山 直美

 

立冬のことに翠のいろは松       松井 倫子

 

猪喰うて星降りさうな畦踏める     河﨑 尚子

 

かたへなる鎌の渾身枯蟷螂       五島 節子

 

三方の山も老いけり薬喰        石原 暁子

 

三食と風呂を欠かさず冬ごもり     林  範昭

 

水鳥の隅が何やら揉めてをり      藤田 素子

 

今月の作品鑑賞    

        山尾玉藻

 

神集ふ夜さり白鳥しらとり発ちにけり     西村 節子

 現実に経験した景に想像力を働かせた作品かと思われますが、「神集ふ」という敬虔な思いがリアル化されている点に大いに着目しました。夜闇の中で飛び立った「白鳥」は幻だったかも知れず、実際には作者の神々への畏敬の思いが高揚した一瞬だったのかも知れません。いずれにしても犯しがたい世界を創造する一句です。

みづうみの照りを額に蕪引      山田美恵子

 「蕪引」に精を出す人物の額に焦点を絞って、ちっぽけな人間も大自然に呼応する一存在であることを鮮明に描き出しました。同時に、人間も常に息吹く大自然の中のひとつの気息であることを改めて感じ、慎しみの思いとさせる一句です。

肩の凝るいろ厚物も平物も      坂口夫佐子

 謂わば人間の勝手な思いで敢えて造形化された菊の美が「厚物」や「平物」なのでしょう。作者にもそういう斜交い的な視線が働いて、菊花展のどのような菊の色にも「肩の凝るいろ」と感じたのでしょう。野に吹かれ咲く楚々とした菊を恋しく思わせる一句です。

向ひ家の二階へ移る冬灯       湯谷  良

 作者は折につけて「向ひ家」を眺め、階下の灯火に団欒の時を思い、夜も更けて家族がそれぞれの二階の部屋を灯して就寝まで過ごす時を思っているのです。普通、賑やかな家族があるとそんな事は余り気にしないものですが、詠み手として敢えてそれを一句にした境地を慮ると、作者の眼差しに独居の寂しさが漂っているのが感じられる筈です。俳句は詠み手と読み手の呼応で初めて成り立つものです。

神さぶる朝の山容寒卵        蘭定かず子

 「神さぶる朝の山容」と「寒卵」の間に重複する意味や、因果関係を考えないで下さい。また「朝」の一語で厨や食卓の寒卵が見える、などと無理に手がかりを探す必要もありません。唯々、詩因としての一語一語が快いひびき合いをし融合し、それにこころ惹かれる作者に共鳴できれば良いのです。掲句に意味付けなどいりません。

小春日の展示の奥の深海魚      髙松由利子

 中七から解るように、館内の奥へ奥へと据えられた水槽に多種多彩な魚類が展示されているのでしょう。「の」の連なる表現で、上五「小春日」の明るさから下五「深海魚」の昏さへの移行ぶりを述べ、その間の様々な魚類を想像させる効果も明白です。恒星圏作品<烈風の砂丘へ入りしインバネス>に描かれる人物にもこころ惹かれるものがあります。 

葱畑のむかうけぶれる女学院     小林 成子

 西宮の岡田山に白亜の校舎の神戸女学院がありますが、この学院の基本姿勢は、キリスト教の教えの下に世界に通用する女性を育てる事にあると聞きます。作者がそれを「けぶれる」と捉えたのは、眼前の「葱畑」を普通の人間の生活に欠かせないものだと現実視し、高度な人間形成を標榜する教育の理想が遥かなものと感じた所為ではないでしょうか。

マンモスの骨をあたため山眠る    松山 直美

 以前に「マンモスの骨」が発掘され、将来も発掘される可能性のある山でしょう。大ぶりでロマンある一句です。同時発表作<まむし屋のいつより閉せる木守柿>、京阪神では鰻丼を「まむし」と呼びますが、まむしのやや危なげなひびきと「木守柿」の赤とが上手く照応し合っています。

立冬のことに翠のいろは松      松井 倫子

 「いろは松」は彦根城中堀添いの松並木で、四十七本並んでいることが名前の由来です。それを知らなくとも、「立冬」の快いひびきで縹色を放つ松の幽閑な姿が想像されます。

猪喰うて星降りさうな畦踏める    河﨑 尚子

三方の山も老いけり薬喰       石原 暁子

 「薬喰」が隠語であるように猪を食する行為には翳りが伴います。一句目、作者が畦を辿りつつ抱いた「星降りさうな」の清浄な思いは、実は裏を返せば作者の願いであり、この願いは作者が身に漂う翳りを払拭したい思いからくるものでしょう。第二句目、「三方の山も老いけり」の「も」から想像できるように山々の姿に自分の齢を重ねている様子です。このこころの反応も翳りが呼んだ結果だと考えます。

かたへなる鎌の渾身枯蟷螂      五島 節子

 前脚を一本失った「枯蟷螂」が懸命に残った脚の鎌を振り上げ、作者を牽制しているのでしょう。もともと作者に蟷螂に危害を加える気持ちはなかっただけに、その姿に一層不憫を感じたことでしょう。「渾身」の語が非常に効いています。

三食と風呂を欠かさず冬ごもり    林  範昭

 発想の原点はコロナの時世にあるのかも知れません。しかしそれを流行の句に終わらせること無く、独立性ある「冬ごもり」の一句としていて、共鳴しました。しかも、「三食と風呂を欠かさず」に作者の真面目なスタンスが充分に窺えます

水鳥の隅が何やら揉めてをり     藤田 素子

 面白い景を掬い取っていますが、これを人間社会に当てはめてみても全く違和感はないでしょう。作者もそういう思いで「水鳥」のトラブルを眺めていたことでしょう。