今月の火星作品

主宰句

 

なに権太したる生傷榠樝の実

 

遊ばむと来し大花野みな無口

 

日の風の散らばるところ鯷干す

 

無患子を拾うては世に旧びゐる

 

赤い羽根挿して貰うて挿し直し

 

二百十日乾ききらざる草燻べ

 

鳥渡るころ止り木の長尾鶏

 

藁屑の水の巡れる豊の秋

 

仏手柑を見に来たるとはおもてむき

 

夜の空の紺あを余る木守柿

 

巻頭15句          

      山尾玉藻推薦

 

鳥渡る堀江謙一白髪に         山田美恵子

 

干し物の竿余すなし終戦日       湯谷  良

 

寄せ来ては大き息吐く土用波      坂口夫佐子

 

潟とほく海のしりぞく秋の暮      蘭定かず子

 

地虫鳴く役行者の下駄辺り       西村 節子

 

刈り伏せて嫗振り向く盆の道      福盛 孝明

 

墓洗ふ夫のおもひと吾がおもひ     小林 成子

 

地に落ちし蟬の絶叫無人駅       松山 直美

 

焼秋刀魚皮目噴きつつ運ばれ来     五島 節子

 

炎天は音無きところ観覧車       今澤 淑子

 

ひとりでに沈む親指水蜜桃       成光  茂

 

屈もつて糞をたよりの菜虫とり     石原 暁子 

 

雨喜び裏木戸出たり入つたり      尾崎 晶子

 

車庫に萎ゆるビニールプール朝ぐもり  鍋谷 史郎

 

老木に脚立混み合ふ松手入       上原 悦子

 

今月の作品鑑賞    

        山尾玉藻

 

鳥渡る堀江謙一白髪に        山田美恵子

 八十三歳の堀江謙一氏は現在も太平洋単独無寄港横断に挑戦中で、初快挙を遂げた六十年前と変わらぬ冒険心と実行力に驚かされます。作者も「白髪」となった氏に六十年の時の流れを思い、老齢の身で危険で孤独な旅を自らに課す精神力にしみじみと感じ入っています。その感慨に自然界の不変の摂理「鳥渡る」を重ね、いよいよ心を動かされている様子です。

  干し物の棹余すなし終戦日      湯谷  良

 「干し物の棹余すなし」とは干し物で満艦飾の景、明るく平和そのものを直感的にイメージさせます。「終戦日」と下五に据えたのは戦争を体験された年代ならではの実感でしょう。

  寄せ来ては大き息吐く土用波     坂口夫佐子

 波が「大き息吐く」とは、波が岸に砕ける高さと勢いを感覚的に捉えた表現で、エネルギッシュな「土用波」の様子を巧みに切り取っています。

潟とほく海のしりぞく秋の暮     蘭定かず子

 引き潮によりそれまでの「潟」がゆっくりと広がる、広やかで穏やかな景。しかしながら「秋の暮」を据え、その景にさえ秋の暮特有の寂寥感を覚えている作者なのです。

地虫鳴く役行者の下駄辺り      西村 節子

 大峰山開山の祖「役行者」は、平安時代末期頃に一枚葉の下駄で庶民を救済して歩いたと伝えられ、何れの像も絵画も下駄を履いています。「地虫鳴く」の声はジーッと深く長々しく、まるで役行者の嘉徳を今に語り継いでいるようです。

  刈り伏せて嫗振り向く盆の道     福盛 孝明

 盆にご先祖の御霊が迷わぬよう、また歩きやすいようにと、漸く道草を刈り取った「嫗」でしょう。その嫗が盆道を振り向いたのは、刈り終えた安堵感が働いたからでしょうが、それ以上にご先祖方が果たして無事に帰られるかどうかと案ずる敬虔な思いの方が強かったように思われます。

  墓洗ふ夫のおもひと吾がおもひ    小林 成子

 自身の先祖が眠る墓を洗う感慨と、同じ墓を嫁いできた身で洗う感慨は微妙に違うものです。永年連れ添い互いにそれを承知していても、実際にそれを口にしないものです。

地に落ちし蟬の絶叫無人駅      松山 直美

 力尽きて木から転げ落ちた蟬は、断末魔のような大きな声を挙げます。その声を「絶叫」と直截的に述べて納得させます。「無人駅」の設定には絶叫」を倍する効果があります。

  焼秋刀魚皮目噴きつつ運ばれ来    五島 節子

 「皮目噴きつつ」と、焼き上がったばかりの秋刀魚を活写しています。焼秋刀魚の煙や脂を詠んだ句は多々ありますが、「皮」に着目した点がなかなか清新で、臨場感たっぷりの一句です。客観写生の眼差しは何事をも見逃しません。

炎天は音無きところ観覧車       今澤 淑子

 最近の「観覧暑」は冷房設備があるようですが、昔孫と乗った観覧車は冷房設備が無く、窓の開いた観覧車が上空の風で揺れ出すという恐ろしい経験をしました。この観覧車は冷房が効いているようで、天辺に上り切っても作者はとても冷静です。本来音を確認するのは聴覚ですが、ガラス越しの視覚で「炎天は音無きところ」と捉えた点に独自性があります。

ひとりでに沈む親指水蜜桃       成光  茂

 柔らかな「水蜜桃」を剥きつつ、指先に余計な力が入らぬよう慎重に皮を剥く作者。しかしつい親指に力が入るのでしょう。それを「ひとりでに沈む親指」と巧みに表現しました。無骨な男性の手を思うと危なっかしくも可笑しいです。

屈もつて糞をたよりの菜虫とり     石原 暁子

 菜と同色の「菜虫」は見つけ難いもの。そこで作者は菜虫の「糞」を先ず見つけ、近くに居る筈の菜虫を退治しているようです。「糞をたより」に俳句的ユーモアが滲み出ています。

雨喜び裏木戸出たり入つたり      尾崎 晶子

 「雨喜び」は旱続きの土用の頃の恵みの雨のこと。あれもこれもと家事に勤しみ、裏庭の用事も難なくこなしている作者です。「裏木戸出たり入つたり」に心弾みが窺い知れます。

車庫に萎ゆるビニールプール朝ぐもり  鍋谷 史郎

 子供達が遊んだ「ビニールプール」が萎んで「車庫」に放られています。決して涼やかな景ではなく、今日も暑くなりそうな予感を覚える作者です。「朝ぐもり」が効いています。

老木に脚立こみ合ふ松手入       上原 悦子

老木ながら美しい姿の大松、それとも謂れある松でしょうか。「脚立こみ合ふ」より、植木職人三、四人がかりの「松手入」の景が見えます。みな寡黙に精を出しているのでしょう。