2023.1月
主宰句
小菊着てをとこ振りなる白拍子
閻王の敗荷つひに隙ばかり
初時雨鯉田むらさき色湛へ
梟に口さびしきを知られをり
北風の夜の酢こんぶ嚙んでねびゐたり
きのふ猪泳ぎし川のなんともなし
猪宿の柱に板の寒暖計
着膨れて酔ひのまはらぬ奴ばかり
猪たうべ斎田の辺を帰りけり
河の上に緊急停止暖房車
巻頭15句
山尾玉藻推薦
日かげれば色を忘れず螢草 坂口夫佐子
尉鶲芝の日だまり広げに来 蘭定かず子
台風の余波の風より上がる月 山田美恵子
湯豆腐も背戸の夜風も裏がへり 五島 節子
鰯雲めいめい鍵を持つて出で 小林 成子
ランニングマシンの貌が台風裡 藤田 素子
秋風や丈の揃はぬ魞の杭 湯谷 良
秋の暮ものに置き場所吾に居場所 大東由美子
板戸絵の白象笑まふそぞろ寒 髙松由利子
濁酒山河を駆くる心地して 西村 節子
ねんごろに剥きこれきりの栗ご飯 西村 裕子
仏手柑の指の伸びやう青磁壺 尾﨑 晶子
黄落や船窓のある洋食屋 窪田精一郎
水落とす音のつながる飛鳥川 根本ひろ子
この更地ゑのころの早知るところ 鍋谷 史郎
今月の作品鑑賞
山尾玉藻
日かげれば色を忘れず蛍草 坂口夫佐子
本来「蛍草」は日陰を好み咲き、それを見つけるとつい忘れそうになる優しさを思いださせる藍色の小花です。日差しが退って日陰となった今、作者には藍色が急に深まったように感じられたのです。その思いを託する表現として「色を忘れず」と嫌味のない擬人法をとり成功しています。
ぼんやりと眺めていた枯芝に「尉鶲」が降って来て、急に楽しくなった作者でしょう。尉鶲がちょんちょんと歩むほどに芝の日差しも広がったように感じられたのは、恐らくこの尉鶲は雄で美しいカラフルな姿をしていたからでしょう。尉鶲は縄張り意識が強く雄は大方一羽で行動します。
台風の余波の風より上がる月 山田美恵子
「台風」が去った後もまだ名残りの風が吹く夕刻、その風をおして「月」が上ってきたのです。先ほどの台風など関わりないかのような月の出なのですが、作者にはどこか重くれている月に見えたのでしょう。自然の成行きと言えばそれまでながら、詩人の心には微妙な思いが想起します。
湯豆腐も背戸の夜風も裏がへり 五島 節子
「湯豆腐」がことことと煮え始め、湯の勢いで豆腐がひっくり返りました。と同時に、先ほどから聞こえていた風が背戸を強く一打したのでしょう。その風音の変化を「裏がへり」と捉えた感覚に冴えがあり、それを湯豆腐と並列させた点もなかなか巧妙です。
鰯雲めいめい鍵を持つて出で 小林 成子
「鰯雲」の広がる爽やかな季節、家族のそれぞれが違った目的で外出する日なのでしょう。全員が鍵を忘れずに持って出たのを確認し、作者もこれで留守ができると安心して家を出たのでしょう。家を守る主婦の何気ない思いが鰯雲に託されており、大いに共鳴します。
ランニングマシンの貌が台風裡 藤田 素子
最近は健康志向の人たちが増え、どこのスポーツジムも盛況の様子です。作者の家からもジムの様子がよく見えるのでしょう。「台風裡」という非日常にあるにも関わらず、ガラス越しの「ランニングマシン」で汗をかきつつ懸命に走る人物の風貌が、作者には奇妙で大いに腑に落ちなかったのでしょうね。
秋風や丈の揃はぬ魞の杭 湯谷 良
遠目に「魞」は美しい笠形をしていますが、近くから眺めると「杭」の竹の長さはまちまちです。それを目撃した作者は少々落胆したのでしょう。「秋風」はなかなか使い難い季語ですが、このようにちょっとした寂しさや虚しさをそれとなく代弁してくれる季語と言えるでしょう。
秋の暮ものに置き場所吾に居場所 大東由美子
秋も終わりに近い頃をさす「秋の暮」には、五感がよく働き何事をもしみじみと感じるようになります。常の椅子に座りながらゆっくりと辺りを見回してみると、全てに落ち着いた印象を抱き、掲句のような思いに至るのでしょう。
板戸絵の白象笑まふそぞろ寒 髙松由利子
随分以前に京都養源院で俵屋宗達の描いた象の板戸絵を拝見しました。一枚の板戸いっぱいに描かれた象は、恐ろし気な牙を露わにしつつも眼は笑っていて、絵心のない私は快い印象を抱けませんでした。作者も同じ思いだったのでしょう。心の動きが伝わる「そそろ寒」に共感します。
濁酒山河を駆くる心地して 西村 節子
「濁酒」を勧められ作者はなかなかの酔い心地となった様です。「山河を駆くる心地」とは心豊かに解放された気分とでも解せば良いでしょう。山頭火の如き境地でしょうか。
ねんごろに剥きこれきりの栗ご飯 西村 裕子
「栗ご飯」を炊くには栗の鬼皮と渋皮を剝く必要があり、これが大変な作業です。その上綺麗な栗色を出す為、栗を砂糖でまぶし冷凍庫で三時間ほど寝かせねばなりません。(これは私のやり方、他の方法があるかも知れません)作者も丁寧に皮を剥きつつこの先の作業を思い、栗ご飯も今回限りと決めているようです。この気持ちよく解ります。
仏手柑の指の伸びやう青磁壺 尾﨑 晶子
「仏手柑」という良き名を貰いながら、実際は実の先が指のように裂けていて、奇妙で気味悪く思われる向きもあります。上品で高価な「青磁壺」に活けられ、その指はどんな風に伸びていたのでしょうか。「伸びやう」の措辞から読み手はとりどり想像し、作者の術中にはまっていきます。
黄落や船窓のある洋食屋 窪田精一郎
レトロな雰囲気漂う「洋食屋」でしょう。古びた丸い「船窓」をところどころに嵌め込んであるのですから、店主のセンスの良さが伺えます。船窓から見える「黄落」の様子も魅力的で、また「洋食屋」という古びたイメージもひびきも活きている一句です。
水落とす音のつながる飛鳥川 根本ひろ子
稲の刈り入れを近くに、あちらこちらから田水を落とす音が聞こえます。「音のつながる」の措辞が辺りの田の広がりをゆかしく想像させます。その景が古来からそう大きく変わることなく続いている現実を示す手立てとして、「飛鳥川」が絶対的固有名詞として息づいています。
この更地ゑのころの早知るところ 鍋谷 史郎
「更地」となった所も秋になると決まった様に直ぐ「ゑのころ」がはびこります。そんなゑのころの繁殖力を「早知るところ」と諧謔的に表現した点に好感を覚えました。