2021.3月
主宰句
針金の出つ張る山茶花垣満開
山裾の水ちよろちよろと節替り
きさらぎや三和土の奥の竹明かり
如月の日うら日おもて踏める音
母の矮鶏春一番に踏ん張れる
父ふいに立ち上がりけり梅の夜
草の芽と猫の欠伸のくれなゐと
弓張りの汀につづく野に遊ぶ
前掛けに子猫をつつみ骨董屋
天つ日の雲より出でず鶏あはせ
巻頭15句
山尾玉藻推薦
風になほ見つけられ散る桐一葉 湯谷 良
牡丹鍋大江の鬼に内緒なる 山田美恵子
白百合の供花提げ来たるインバネス 小林 成子
葉牡丹や遅参のこゑのにぎにぎと 蘭定かず子
はるかより力の形除雪車来 大内 鉄幹
討入の日の釣堀にかがむ背 坂口夫佐子
悴むをAIロボに呼ばれたる 松山 直美
スカールを小屋に立てかく初景色 河﨑 尚子
雨癖の吹つ切れてゐし冬木の芽 髙松由利子
六道の辻に迷ひし風邪ごこち 西村 節子
へばりつくことに終せし海鼠舟 上林ふらと
芝居小屋仕舞ひの屋根の干し布団 窪田精一郎
家ごもりの指に溜まりし静電気 大東由美子
古書店の奥のごたごた冬灯 林 範昭
月冴ゆる沼を分け合ふ鴛鴦と鴨 井上 淳子
今月の作品鑑賞
山尾玉藻
風になほ見つけられ散る桐一葉 湯谷 良
風の日、流石にもう散らないだろうと思っていた「桐の葉」が、また二枚、三枚はらはらと散ったのでしょう。「風になほ見つけられ散る」のメルヘン的把握が楽しいです。
牡丹鍋大江の鬼に内緒なる 山田美恵子
昔、「牡丹鍋」は「薬喰い」と称される類であった所以でしょうか、今もどこか翳り感じさせ、賑やかに食するには不似合いな鍋のようです。掲句も大江山の裾で三、四人が背を丸くして鍋を囲んでいるのでしょうか。「大江の鬼に内緒なる」で人間の小胆さが巧みに表出されています。
白百合の供花提げ来たるインバネス 小林 成子
中原道夫さんのお洒落な「インパネス」に出会ったのを最後に、インパネスを纏う一般男性を見かけません。中で僧侶の黒いインパネスはどこか蝙蝠を思わせる暗いイメージですが、「白百合の供花」を提げて来る様子にはそんな翳りはないようです。風を孕みやって来る明るいグレーのインパネの紳士を想像させます。
葉牡丹や遅参のこゑのにぎにぎと 蘭定かず子
「葉牡丹」は他の花々と共に正月の装飾として使われますが、葉牡丹そのものは地味で味気ないものです。何かの集まりに遅参してきた人たちの憚らない声がひびき、作者にはそれが少々疎ましく思えたのでしょう。葉牡丹にその思いが託されています。
はるかより力の形除雪車来 大内 鉄幹
積雪地の生活に必要不可欠なのが日常的な除雪でしょう。遠くから雪を噴き飛ばしつつ来る「除雪車」の姿に心強さを覚えた作者です。「力の形」に北海道在住らしい実感が籠められています。
討入の日の釣堀にかがむ背 坂口夫佐子
「討入」に参加しなかった赤穂浪士は、世間から卑怯者、臆病者と揶揄されましたが、それぞれ無理からぬ事情があったのでしょう。「釣堀」で「かがむ背」が如何にも侘し気で、その景から今日が「討入の日」であると思い出した感性に共感します。
悴むをAIロボに呼ばれたる 松山 直美
店の入り口に立つ「AIロボ」でしょうか。足早に過ぎようとした作者は、ロボットに「いらっしゃいませ」と声をかけられたのでしょう。「悴むを」に自嘲が窺えます。
スカールを小屋に立てかく初景色 河﨑 尚子
私の住居近くの大川でも「スカール」の練習風景をよく見かけ、川辺の小屋にそれが立てられている景も幾度も目にしていたにも関わらず、未だ句にした覚えがありません。それを新玉の思いで捉えた掲句に思わず膝を打ちました。
雨癖の吹つ切れてゐし冬木の芽 髙松由利子
雨が続いた後の好日、見上げた「冬木の芽」に少しふくらみを発見した作者でしょう。「吹つ切れてゐし」の言い切りで、春近しを実感した喜びをいきいきと伝えています。
六道の辻に迷ひし風邪ごこち 西村 節子
その昔、京の鳥辺野は風葬の地で、その入り口の「六道の辻」は冥界の入り口と言われました。その為此処にはあの世がらみの伝説や寺院が多く残っています。そんな地で道に迷った作者の「風邪ごこち」にはなかなか重苦しいものがあるようです。
へばりつくことに終せし海鼠舟 上林ふらと
「海鼠舟」の漁は船べりで身を思い切り海へ乗り出して銛で海鼠を狙います。掲句の「へばりつくことに終せし」の措辞は、極寒の中での海鼠突きの作業の厳しさをこの上なく伝えています。
芝居小屋仕舞ひの屋根の干し布団 窪田精一郎
旅芝居一座が興業を終え、明日は次の地へ発ってゆく景でしょうか。小さな「芝居小屋」の屋根に所せましと干される「布団」の数が見え、そこから小屋内で慌ただしく荷作りをする人影も想像されます。俳人ならばた易く経験できない特異な「干し布団」の景を見逃す筈はありません。やはり俳句は出会いです。
家ごもりの指に溜まりし静電気 大東由美子
コロナ菌対策の緊急事態宣言が延長されて久しいですが、冬季の「家ごもり」らしい点を捉えました。思わず指先に走る「静電気」は、コロナ菌と同じく目には見えない不快な存在です。
古書店の奥のごたごた冬灯 林 範昭
「古書店」の店先は割と整っていますが、奥は大方雑然としており、なるほど「ごたごた」は的確な表現でしょう。ぼんやりとした「冬灯」が古書店特有の侘しさを一層伝えています。
月冴ゆる沼を分け合ふ鴛鴦と鴨 井上 淳子
寒々しい夜の寂とした景を詠んでいますが、不思議と昼の明るい景を思わせる一句です。「沼を分け合ふ」により、昼となっても静かに共存する「鴛鴦と鴨」達のゆかしい景を自ずと思うからでしょう。