2017.11月

 

主宰句

秋冷や波に寄る形()るる形

 

先を行く父が風生む夕花野

 

かたでりの水へ零余子のこぼれけり

 

指さされ落ちさうもなき榠樝の実

 

桔梗やさらりと怖きことを言ふ

 

色鳥の渡りを待てる弥陀の指

 

磧はさんで芋あらし葛あらし

 

さうおもひきつねのかみそりより離る

 

落日にすがつて傾ぐ藁ぼつち

 

閻王と睦びてきたり新走り

 

巻頭15句

            山尾玉藻推薦

夜涼かなごちそうさまと箸濯ぎ       山本 耀子

滴りのおと闇音と聞きゐたり        小林 成子

青栗の落ちたる水のさだまらず       今澤 淑子

鳥渡る父のふところより干菓子       大山 文子

納屋へ入る用のありたる終戦日       松井 倫子

秋草を描き余しゐる岐阜提灯        深澤  鱶

薄縁に西瓜のはべる読経かな        湯谷  良

湖へ砦めきゐる秋簾            坂口夫佐子

高原のハンモックより来るメール      大倉 祥男

手を漬けて秋のけはひの潮のいろ      蘭定かず子

大原の三叉路に買ふ鷹の爪         河﨑 尚子

はるか見ゆる人に落ちけり桐一葉      山田美恵子

終電の虫鳴く闇を押し来たる        大内 和憲

身にかなふ椅子にありけり月の宿      藤原千賀子

貴船菊活くる男の襷掛け          林  範昭

 

今月の作品鑑賞

          山尾玉藻         

夜涼かなごちそうさまと箸濯ぎ     山本 耀子

 夕餉のあと、キッチンの流しで洗い物をしている作者の口をついて出た言葉が「ごちそうさま」。涼やかな夜風に素直な思いとなり自ずと零れた一言でしょう。

滴りのおと闇おとと聞きゐたり     小林 成子

 「滴り」はうす暗い岩間や下闇の苔から雫しています。作者もそんな暗がりで「滴り」に耳をそばだてていたのですが、その内にそれは眼前の薄闇のその奥の真の闇からしてくるひびきと感じ始めたのでしょう。そんな感覚が「闇おとと聞きゐたり」の深い感慨に繋がったのです。「滴り」の音は人のこころを研ぎ澄ませるのでしょう。

青栗の落ちたる水のさだまらず     今澤 淑子

 偶々鋭い毬の「青栗」が水に落ちる景を目にした作者は、ちょっと水が痛々しく思えたのかも知れません。そんな繊細な思いが「水のさだまらず」という微妙な感覚を生んだのでしょう。

鳥渡る父のふところより干菓子     大山 文子

 作者の父上は茶道を心得ておられたと聞き、この景に納得出来ました。男性の懐から「干菓子」が出てくる意外性が却って深みを覚えさせ、「鳥渡る」と巧みにひびき合っています。因みに、私の父圭岳の懐からはよく「平野屋のドーナッツ」が出て来て、幼い私は大喜びしたものです。

納屋へ入る用のありたる終戦日     松井 倫子

 「終戦日」と「納屋に入る用」には直接の因果はありません。しかし、納屋を占めるうす暗さや、じめっとした古い匂いはどこか切なく、その感覚が「終戦日」の意識へと繋がったのでしょう。「終戦日」に対するこの思いがけぬ感応に素直に共鳴できます。

秋草を描き余しゐる岐阜提灯      深澤  鱶

 岐阜提灯は細い竹ひごに張った薄紙に色々な模様が描かれた上質のもの。掲句の岐阜提灯にも秋草が細やかに描かれているのでしょうが、少々描き過ぎの感がして、作者はちょっと暑苦しさを覚えているのでしょうか。それを露骨には表さず、ほどを心得た「描き余しゐる」の表現にこの作者らしいセンスが窺えます。

湖へ砦めきゐる秋簾          坂口夫佐子

 湖へ向く家の軒に一分の隙も無く簾が巡らされているのでしょう。本来ならいかにも涼し気に感じる景ですが、作者はそれを「砦めきゐる」と捉えたのです。辺りを包む澄み切った空気がそう感じさせたものであり、逆に言えばこの感覚は夏場の簾では決して得られぬものでしょうし、やはり「秋簾」ならではの感覚です。

高原のハンモックより来るメール    大倉 祥男

メールの着信音に携帯を開けてみると、「今、ハンモックで涼んでま~す」などと綴られたメールが届いており、その上涼やかな高原の写真が添付されていたのかも知れません。作者は暫く羨望の眼差しでそれを見ていたことでしょう。

手を漬けて秋のけはひの潮のいろ    蘭定かず子

 浜辺を歩く作者はふと潮に手を浸したくなったのです。そのこころの動き自体がすでに秋の気配を感じ取っている証です。「潮のいろ」はそんな佳きこころの色を物語っています。

大原の三叉路に買ふ鷹の爪       河﨑 尚子

 京都大原は平安の歴史と豊かな自然に恵まれた山里、三千院や寂光院などの古刹を巡るのも棚田や杉山に囲まれた畑の中を辿っていきます。掲句の「三叉路」も農道が三つ又になっているような所で、「鷹の爪」も農家の門べや無人棚で売られていたものでしょう。大原の里の豊潤な秋を象徴するかのような「鷹の爪」の紅いろが大変印象的です

はるか見ゆる人に落ちけり桐一葉    山田美恵子

 離れた場所の人影を眺めていると、桐の葉がはらりと散った様子です。それを見た作者は秋の深まりをしみじみと実感しているのでしょう。遥かな、しかも一瞬の景ですが、読み手も深い静かな世界をこころに結ぶことが出来るでしょう。人影は桐の葉が降る音に気付きふり返ったのでしょうか、気づかず歩き出したのでしょうか。色々想起させる奥深さのある一句、改めて声にしてみたい一句です。巧みな朗読は聞き手に負担をかけない読みと想像力を高める間を大切にすると聞きます。俳句と全く同じです。

終電の虫鳴く闇を押し来たる      大内 和憲 

 最終便の列車が虫たちがしきりに鳴く辺りの闇をついて、プラットホームに立つ作者に近づいてきました。「押し来たる」の表現で列車がスピードを落としゆっくりと来る景が想像されます。無論町中の景ではなく、懐かしさを漂わせる景でもあります。

身にかなふ椅子にありけり月の宿    藤原千賀子

 宿の縁に置いてある椅子に座ってみて、案外心地よく寛げたのでしょう。旅先の宿という非日常の中にあって、作者がゆっくりと自然体にその夜の月を楽しんだことが窺い知れます。

貴船菊活くる男の襷掛け        林  範昭

 この男性は高級料理屋や旅館で見かける男衆(おとこしとも言う)でしょう。そんな男衆には紫いろの襷掛けが似合いそうですが、きびきびと働く男の手にはさっぱりとした明るさの「貴船菊」がこれまたよく似合ったことでしょう。男手に活けられた「貴船菊」がなんとも清々しいではありませんか。