2016.6月

 

 

主宰句 

 

風紋を思ふ初夏の夜なりけり

 

 麦秋の只中に据ゑシネカメラ

 

麦の秋膝をくづして泣き始む

 

風出できたるだぶだぶの袋掛

 

くちなはの全長を見し入梅かな

 

飲食の貌寄せ梅雨前線下

 

夜の芯をずれ始めたる梅雨の月

 

蟇の声うしろにしたる革ソフアー

 

夕凪へ酒場が水を掃き出せる

 

 

遠雷や草にしづめる椅子の脚

 

巻頭15句

                             山尾玉藻推薦                                

 

芝焼の逸れ火を掃いてまはりけり     蘭定かず子

 

閏日の風の落ちたる芽吹山         深澤 鱶

 

定型外郵便で来し鱵干し          大山文子

 

囀や安全靴が重くなる           堀 志皋

 

宿坊に飯噴く匂ひ夕桜           小林成子

 

春昼の車庫に入りゆくバスの尻       藤田素子

 

絞りきる歯磨きチューブ猫の恋      山田美恵子

 

たばこ火の女へ寄り来春の鴨       坂口夫佐子

 

婆ほいと呉れたる瓜の重さかな       白数康弘

 

おのが洞の日数は知らず野梅かな      山本耀子

 

囀や若草山が屋根の上           松井倫子

 

引き近き鴨の隠れし波の丈         大内和憲

 

陽炎うて陽炎を発つ滑走機         河﨑尚子

 

探梅の切株に置く黒鞄           涼野海音

 

出揃ふを待ち長けにけり蕗のたう      井上淳子

 

今月の作品鑑賞

         山尾玉藻                  

 

   芝焼の逸れ火を掃いてまはりけり    蘭定かず子

 

芝火が芝を舐めるように広がり、芝以外にまで回りそうになったのでしょう。庭師が慌てて火を箒で叩きまわる様子が手に取るようです。「掃いてまはりけり」の措辞で火の勢いと芝の広さを感じさせます。現場に立った嘱目詠は強いですね。

 

   閏日の風の落ちたる芽吹山         深澤  鱶

 

閏年の四月三十日は閏日、何か儲けものをしたような気分となり、ちょっとこころが豊かになる日でもあります。そのゆとりのこころで浅春の冷たい風が止んだ山中を歩きながら、木の芽の緩みゆく香を楽しんでいる作者です。

 

   定型外郵便で来し鱵干し          大山 文子

 

故郷から鱵の一夜干しが届いたのでしょうか。「定形外郵便」といっても、郵便受けの口に入る程度のさして大きなものではないでしょう。そこが鱵干しらしいところです。些事ながら季節感十分な一句です。

 

   囀や安全靴が重くなる           堀  志皋

 

作者は大型車種の修理士、仕事中はごつい安全靴を履くのでしょう。仕事中に軽やかな小鳥の声を浴びていると、急にその靴を重たく感じ始めたのでしょう。「囀」との意外な取り合わせながら、十分に納得させる力があります。

 

   宿坊に飯噴く匂ひ夕桜           小林 成子

 

宿坊に一泊の夕べ、桜の下に佇んでいた作者は、ふと庫裡から流れる飯が噴く匂いに気付いたのでしょう。飯の噴く匂いはこころ安らぐものです。青みを帯びた夕桜がその匂いに応えるかのように僅かに揺らぎます。

 

   春昼の車庫に入りゆくバスの尻       藤田 素子

 

乗客を降ろしたバスが車庫に入って行く嘱目詠です。「春昼」の駘蕩とした雰囲気から、ひと仕事を終えて空となったバスの眠たげに揺れる後ろ姿を楽しく想像させます。「バスの尻」が眼目ですね。

 

   絞りきる歯磨きチューブ猫の恋       山田美恵子

 

中身が僅かとなった歯磨きチューブも絞ればまだまだクリームが出てきます。懸命になって絞り出す作者が思われ、くすっと可笑しいです。折しも恋猫の不快な声が聞こえてきて、また可笑しくなります。

 

   たばこ火の女へ寄り来春の鴨        坂口夫佐子

 

のんびりとしているような「春の鴨」ですが、やはり寂しげです。煙草を吸いながら水辺に佇む女にも、何か謂れがありそうな翳りある雰囲気が漂っています。そんな女に寄る春の鴨の動きがどこか必然的に思えてきます。

 

   婆ほいと呉れたる瓜の重さかな       白数 康弘

 

畑にいた老婆が「ほれ、持ってけ」とひょいと瓜をくれたのでしょう。しかしそれは意外と重く、ちょっと驚いた作者。軽やかな「ほいと」の表現に媼の元気さや敏活さが見てとれて愉快です。

 

   おのが洞の日数は知らず野梅かな      山本 燿子

 

大きな洞を抱くこの野梅、大きく傾きつついくらかは枯れ朽ちているのかも知れない、とまで思ってしまいます。「日数は知らず」の梅の気持ちをおもんばかる表現から、老梅に対する作者の憐憫の思いが伝わります。

 

   囀や若草山が屋根の上           松井 倫子

 

奈良の町並みを歩いていると、突然寺院の屋根の上や、大屋根の間に若草山が現れることがあり、余りの近さに驚かされることがあります。「囀」にはまろやかな真緑の「若草山」がよく似あいます。

 

   引き近き鴨の隠れし波の丈         大内 和憲

 

もうすぐ北へ戻ってしまうであろう鴨が、荒れる波に呑まれて一瞬姿を消したのでしょう。その景にこれからの鴨の北帰行の厳しさをふと思いやる作者。作者が住む北海道らしい寒々しい早春の一齣です。

 

   陽炎うて陽炎を発つ滑走機         河﨑 尚子

 

飛行機が陽炎いつつ離陸する景は今までに多々詠まれてきました。しかし、飛行機自体がその熱風で成す陽炎は、飛行場全体の陽炎とはまた別のものであり、そこに着目した点がこの句の手柄であり独自性があるところです。

 

   探梅の切株に置く黒鞄           涼野 海音

 

「黒鞄」からどうしても黒い革鞄がイメージされるので、恐らく何かの都合でたまたま探梅の人々に加わった人物の鞄だろうと思われます。切株の上のこの鞄、辺りの景とは全くそぐわず、寒々しさを増長させるばかりです。

 

   出揃ふを待ち長けにけり蕗のたう      井上 淳子

 

文字通り、蕗の薹はどれもこれも直ぐに薹が立ち、盛りが過ぎてしまいます。その様子を「蕗の薹」の立場から詠んでいるのがユニークなところでしょう。他の仲間たちが頭を擡げて来るのを待っていて、とうとう自分たちは長けてしまった蕗の薹たちです。