2016.3月

 

主宰句     

 

桜餅の気立てよろしき香なりけり

 

目覚めよき鳥の声ごゑ建国日

 

椿咲き目白の声の縹いろ

 

中の子がちと不出来とか草の餅

 

夕べ火を小さく育て梅林

 

貝寄する風に痩せゐし舟の(ころ) 


)

桃咲くやひとりの嗽高らかに

 

佛頭に罅はしりゐる鳥の恋

 

卒塔婆の枯のいろいろ鳥帰る

 

水の面の風初花へ移りけり

 

巻頭15句

                             山尾玉藻推薦               

 

発ちたるを寒禽の追ふ谺かな        深澤 鱶

 

川涸れて鷺の羽ばたき大きくす       小林成子

 

顔見世の風にかがよふ松の針        坂口夫佐子

 

高きより山茶花降り来男山         大山文子

 

手のひらにファーストシューズ聖夜なる   根本ひろ子

 

トランクに傷あまたあり冬鷗        涼野海音

 

凍蝶の風をこらふるとき光る        蘭定かず子

 

鍋の具のこんにやくごんぼ年忘       山本耀子

 

引売りの笠に増えきしゆりかもめ      奥田順子

 

対岸の灯の昏みけり都鳥          山田美恵子

 

冬帝の来てゐる軒のくくり猿        井上淳子

 

蹼が冬夕焼の水めくる           河﨑尚子

 

釣銭に灯油のにほひ日短か         前田 忍 

 

描き終へし枯木に鳥の来てゐたり      大東由美子

 

時雨るるや伽羅の香失せし渡来仏      林 範昭

 

今月の作品鑑賞

         山尾玉藻

発ちたるを寒禽の追ふ谺かな      深澤  鱶

一木に寒禽が数羽いたのでしょう。そのうち一羽が飛び立ち、それに倣ってまた一羽また一羽と続けざまに鳥が飛び立った様子です。羽音が激しく打ち重なる様子を谺と捉えた点がこの句の眼目です。

川涸れて鷺の羽ばたき大きくす     小林 成子

水の涸れ切った河原を鷺が飛び立ったのです。その羽音が白々とする河原にひびき渡った所為で、羽搏きが大きく感じられたのでしょう。「川涸れて」と因果で結び付けたところが潔く、共感を覚えまし

顔見世の風にかがよふ松の針      坂口夫佐子

顔見世が始まり四条大橋を行く人々もどこか常とは違う面持ち、鴨川べりの松も冷たい川風に応えきらきらと輝いています。「松の針」に焦点を絞り、暮を迎えていきいきとする京の雰囲気を描き出しました。

高きより山茶花降り来男山       大山 文子

山茶花は意外と高く成長します。枯葉にでも気を取られていたのでしょうか、不意に高みから山茶花の花が零れてきて少し驚いた作者。「男山」の場所設定で山茶花の花の鮮やかさを強調しました。

     てのひらにファーストシューズ聖夜なる 根本ひろ子

手のひらにのせられたのは手編みの真っ白なファストシューズでしょうか。それは天からの授かりもののようでもあり、小さな命を象徴しているようでもあります。「聖夜」がそう思わせるのです。

     トランクに傷あまたあり冬鷗      涼野 海音

作者が何処へ行くにも携えるトランクでしょう。「傷あまたあり」にこれまでの旅路の色々を思うこころがあります。真っ白に羽搏く「冬鷗」の景に青春性が横溢しています。作者の旅はまだまだ続くでしょう。

凍蝶の風をこらふるとき光る      蘭定かず子

凍蝶が風に煽られた瞬間、美しく輝いたように感じたのでしょう。「風をこらふるとき光る」の措辞で凍蝶の哀れさが充分に描きだされました。作者の佳きこころの色が見えてきます。

鍋の具のこんにやくごんぼ年忘     山本 耀子

蒟蒻や牛蒡が放り込まれ鍋が旨そうに煮立ってきました。恐らくのっぺ汁でしょう。その他にも沢山の具材が鍋の中で踊るのが見えて来るようです。たっぷり感を醸しだし、健全で大らかな年忘が始まります。

対岸の灯の昏みけり都鳥        山田美恵子

鴨川の景でしょう。川幅一杯に都鳥が舞い始めた瞬間、対岸にともり始めた灯が不意に暗んだように感じられたのです。さして広くない川幅一杯に群舞する都鳥の賑やかな鳴き声も聞こえきます。

冬帝の来てゐる軒のくくり猿      井上 淳子

厳しい寒波に襲われる奈良町の景。この町のくくり猿は庚申信仰の魔除け人形。真っ赤な人形だけに、軒端で激しく揺れるその様子は哀れを誘ったに違いありません。

蹼が冬夕焼の水めくる         河﨑 尚子

水鳥たちはいかにもゆったりと水を漂っているようですが、よく見ると忙しなく蹼を動かしています。掲句の水鳥は夕焼に染まる水を急に大きく反転したのしょう。「水めくる」に実感がこもっています。

釣銭に灯油のにほひ日短か       前田  忍

作者が灯油を買った時に貰った釣銭ではなく、誰かが灯油を買った折の釣銭の硬貨が、回り廻って作者の掌に乗っていると解したいです。ちょっとした感応に「日短か」の気忙しさが伝わって来ます。

描き終へし枯木に鳥の来てゐたり    大東由美子

戸外で枯木をスケッチでもしていたのでしょう。漸く書き終えて目を上げると、その枯木に鳥らしき影が動いていたのです。それまでの寒さも忘れ、小さな鳥影に温かい思いとなってゆく作者です。

時雨るるや伽羅の香失せし渡来仏    林  範昭

剥落著しい渡来仏を前にし、その昔伽羅の木より彫り上げられた仏の姿と香をしのぶ作者です。折しも時雨が来て、時雨のありなしの香に誘われて仏から失せた筈の伽羅の香が漂ってくるようです。

     ぼろ市の火箸澄みたる音に打たる     村上留美子

ぼろ市では古着、古道具、農具、雑貨等が売られていますが、火箸も売られていた様子です。売り手が得意げに鳴らした火箸は思いがけず美しい音を立てて作者の心を捉えたのです。明珍火箸だったのでしょうか。

     あぶな絵を箱の下より年の市       上林  均

年用意の為の品々を売る年の市で、なんとあぶな絵が取りだされたのす。その場違いな品に少々驚き、けれども少々気掛かりな様子の作者が窺い知れて愉しいですね。

     痩せ畦の冬青草に足とらる        西村 節子

枯いろの狭い畦を何気なく歩いていて、思わず青々とした冬草に足を取られたのです。ただの枯畦と少々見くびっていたのでしょうか、作者はあらためて雑草のもつ生命力を思い知らされた様子です。

   箸染まらせて春菊を茹でこぼす      今澤 淑子

春菊を茹でている最中、目を離した瞬間に湯が吹きこぼれたのです。「箸染まらせて」より、多くの新鮮な春菊を茹でていたことや、春菊特有の強い香が立ち上ったことが想像されます。

     人ごゑの障子ひた閉す奥座敷       西畑 敦子

宿屋か料理屋の廊下での寸感でしょう。作者には人声のする奥座敷の障子がいやにぴったりと閉められているように感じられたのです。恐らくその声はひそひそと低いもので、まるで辺りを憚っているようなひびきをしていたからでしょう。