2016.12月

 

主宰句  

 

あめんぼに影おき後の更衣

 

麦とろを益荒男ぶりに啜りけり

 

神留守をし在せる杉の齢かな

 

赤蕪を襖と干せる神迎

 

水の面に小虫のはづむ冬支度

 

今朝冬の胸を反らせば肺もまた

 

でこぼこの網代にありし初時雨

 

山頂駅いきなり寒き下界あり

 

しぐれ傘山頂駅で借りにけり

 

梟のはたたきに降る星の屑

 

巻頭15句

                   山尾玉藻推薦              

比売神へ舳先を揃へ秋祭          大山 文子

河岸戻りのジーパン洗ふ良夜かな      小林 成子

日輪の高きへすさる芒原          坂口夫佐子

穴惑水かげろふに閉されをり        山田美恵子

湯冷ましに鴨居の低き厄日かな       鱶澤  鱶

夕潮をうながす雁の渡りけり        蘭定かず子

口押さへ笑へり芋の煮ころがし       山本 耀子

足下に美しき鳥降る厄日かな        大東由美子

身を細め色鳥発ちし松の風         西村 節子

べつべつに旅の支度す白露かな       高尾 豊子

蘆刈つて高くなりたる男山         松山 直美

男手の釜焚き飯や下り簗          河﨑 尚子

階に俯けるとき秋のこゑ          石井 耿太

鬼やんま太古の翅をきしませり       上林ふらと

鶏頭のなれなれしくも倚りかかり      藤田 素子

 

今月の作品鑑賞

          山尾玉藻                

比売神へ舳先を揃へ秋祭      大山 文子

 海辺の秋祭でしょう。今、華やかに飾られた何艘もの祭舟の舳先が、「比売神」即ち女神が祀られる神社を指して意気盛んに進んでいます。あたかも舳先は彦神(男神)を象徴しているようで、豊饒を祝う「秋祭」らしい景を大らかに詠んでいます。

河岸戻りのジーパン洗ふ良夜かな  小林 成子

 洗いあげても魚臭が残っているようなジーパンが気掛かりな作者です。しかし今夜は仲秋の名月。ジーパンを干しつつ月を仰ぐうちに、そんな懸念もすっかり失せた様子です。

日輪の高きへすさる芒原      坂口夫佐子

陽光を浴びてしろがねの輝きを放つ芒原は、辺りの景と一線を画する別世界の感があります。日輪が徐々に高みへ上る様子を「すさる」と捉えたのは、日輪さえも芒原の厳かな美しさに屈服しつつあるように感じたからでしょう。

穴惑水かげろうに閉されをり    山田美恵子

 水陽炎が映える草叢で秋の蛇がじっとしている景です。作者にはあたかも蛇が水陽炎に捕らえられ、先を塞がれているように感じられたのでしょう。こころの眼が働いた写生句です。

湯冷ましに鴨居の低き厄日かな   鱶澤  鱶

足下に美しき鳥降る厄日かな    大東由美子

 「厄日」の句を並べました。一句目、白湯を覚ましている湯呑と低い鴨居が、それとなく「厄日」に関わっています。ちょっとしたマイナーな景が、作者に今日は厄日であるという意識をもたらせたのでしょう。二句目、作者はベンチにでも座っていたのでしょうが、その足下に美しい色鳥が不意に舞い降りたのです。恐らく瞬時の出来事であったのでしょうが、作者の小さな驚きが「厄日」の意識へと繋がったのです。

夕潮をうながす雁の渡りけり    蘭定かず子

 夕づく頃に上げ潮となってきたのでしょうが、作者には空を渡る雁の声が潮を励ましているように思えたのです。この作者らしい細やかな詩ごころで天地融合を見事に綴ってみせました。

口押さへ笑へり芋の煮ころがし   山本 耀子

 芋の煮ころがしを食べながら愉快な話となり、思わず大笑いとなったのでしょう。慌てて口を押さえる作者。しかし元々、芋の煮ころがしを食べるのに上品ぶる必要などなく、そのちぐはぐ感が愉しいです。

身を細め色鳥発ちし松の風     西村 節子

 何かの樹に来ていた色鳥が、近くの松林から吹く風に煽られて飛び立ったのです。「身を細め」で飛び立つ一瞬の色鳥の美しさが強調されました。色変えぬ松の緑とのコントラストも鮮やかです。

べつべつに旅の支度す白露かな   高尾 豊子

 作者と別に旅の支度をするのはご主人でしょう。作者は自分の物だけを旅行鞄に詰めながら、家族全員のもろもろの物を詰め込んだ遠い昔をふと懐かしんでいるのでしょうか、それともご主人の支度ぶりを少し案じているのでしょうか。作者のこころの内を色々窺わせるのは、下五に据えた「白露」の所為でしょう。

男手の釜焚き飯や下り簗      河﨑 尚子

 落鮎の時季、簗番は番屋で寝泊まりして漁獲に勤しむのでしょう。昔ながらの竈で釜に飯が炊き上がったようです。「男手」が無骨な印象を与えるが、それが却ってつやつやの旨そうな飯を想像させるから不思議です。

鬼やんま太古の翅を軋ませり    上林ふらと

日本最大の蜻蛉「鬼やんま」は蜻蛉の王者。それが作者を掠め過ぎた瞬間、翅が乾いた音を立てたのです。「太古の翅を軋ませり」は蜻蛉の王者に相応しい喩であり、しかもロマンがあります。

階に俯けるとき秋のこゑ      石井 耿太

 「秋の声」を詠むのはなかなか難題です。しかし掲句、階段で足下を気遣って俯いた途端、ふと秋気を強く感じたのでしょう。「俯く」というデリケートな行為が思いがけぬ感覚の冴えを呼んだのです。脱帽の一句。

鶏頭のなれなれしくも倚りかかり  藤田 素子

 鶏頭が作者の方へ傾いていたのか、作者が鶏頭に触れたのか、それは解りません。しかし「なれなれしくも倚りかかり」と一方的に断定することで、読み手に自ずと鶏頭の肉厚でごつごつとした花を想像させるでしょう。