2023.4月

 

主宰句 

  

籾殻のたんと零れてゐし雪間

 

水温む鬼の山裾もとほれば

 

蜥蜴出で酒呑童子の窟口

 

いち早き春泥万葉植物園

 

矮鶏に青菜雲雀に深空ありにけり

 

鳥声の沁むる木橋を知恵詣

 

疲れゐし夜目遣るところ花辛夷

 

荒草の濡れやうまこと獺祭

 

跪きあるは躙りて御開帳

 

駒返る草ぐさに立ち杖の人

 

巻頭15句

            山尾玉藻推薦            

  

替へ足袋を背小さくして履きにけり    蘭定かず子

 

すが洩りや箱階段に漢数字        坂口夫佐子

 

紐一本でヤマハエンジン唸る寒      湯谷  良

 

朝夕に雁の空ある松の内         山田美恵子

 

狂ひなくし吹ける冬の作り滝       永井 喬太

 

梅早し奏づるやうに三つ四つ       西村 節子

 

掬ひ上ぐ薄氷に水寄り合へり       するきいつこ

 

海鼠に刃入れ初む母を畏れけり      小林 成子

 

容赦なき母となりけり歌がるた      高尾 豊子

 

神杉の雨にはじまる初稽古        根本ひろ子

 

雪晴の朝の顔しらみ合ひ         松井 倫子

 

いく度も首たたむ鷺涅槃変        今澤 淑子

 

香煙の揺らぎに時雨去ににけり      五島 節子

 

向き変へし横顔りりし初雀        大東由美子

 

見届くること沢にあり新暦        石井 耿太

 

今月の作品鑑賞

         山尾玉藻          

替へ足袋を背小さくして履きにけり  蘭定かず子  

 茶道では汚れのない綺麗な足袋に履き替えて茶室に臨むのが作法とされています。その折の「背小さくして」の表現に、できる限り目立たぬように足袋を履き替える茶人の心得と、女性特有の奥ゆかしさが偲ばれます。

すが洩りや箱階段に漢数字      坂口夫佐子

 上五に据えた「すが洩りや」で自ずと読み手に家屋の古さ、うす暗さや侘しさがインプットされます。その上で「箱階段に漢数字」へ関心を深めることで、この屋敷の以前の息遣いを具体的に感じさせる確かな構成から成った一句です。

紐一本でヤマハエンジン唸る寒    湯谷  良

チェンソーなどは「紐一本」を引きエンジンをスタートさせます。掲句もチェンソーのそれでしょう。エンジンが始動した途端に騒音が唸りだし、それに「寒」を実感した点に共感します。同時に馴染みある「ヤマハ」の固有名詞が「寒」を一層身近に覚えさせます。

朝夕に雁の空ある松の内       山田美恵子

 朝な夕な塒の芦原と湖の間を行く「雁」の空を眺める作者でしょう。自然と関わる作者の豊かな暮しぶりが伝わりますが、「松の内」ならではの新年の落ち着いた時の流れの中で、ゆったりとした充実感も窺い知れます。

狂ひなくし吹ける冬の作り滝     永井 喬太

自然界の冬瀧は水が涸れて迫力を失ったり、逆に凍りついた瀧は大自然の秘めた力と荘厳さを湛え、我々はそこに瀧の命を覚えるのです。ところが「作り滝」は一年を通して全く不変です。眼前で「狂ひなくし吹く」作り滝は全くの他力本願で命が感じられません。そんな名ばかりの滝をいよいよ味気なく感じる作者です。

梅早し奏づるやうに三つ四つ     西村 節子

 他の蕾に先駆け三つ四つの「梅」の蕾が開いている景に作者の胸は弾みます。「奏づるやう」の喩えで、眼前の梅の一枝に開く梅の花が、付箋の上で弾む音符のように見えてきます。この巧妙な比喩に大いに感心しました。

掬ひ上ぐ薄氷に水寄り合へり     するきいつこ

 水に浮く「薄氷」を両手でついと掬いあげた瞬間、氷を囲んでいた水が氷のあった方へ忽ち寄り集まったのです。それを見逃さず十七文字にし、水に命があるというささやかな発見に繋がりました。写生という手段でものの真実が捉えられること、これこそが俳句の醍醐味と考えます。

海鼠に刃入れ初む母を畏れけり    小林 成子

 作者は「海鼠」を料理するのが苦手なのでしょう。ところが母上は至って簡単に海鼠を料されるようで、それを横から覗きながら身構える作者です。海鼠の気味悪さを言い募るのではなく、シフトチェンジしてそれに平気で刃を入れる「母を畏れけり」と、海鼠嫌いを一層強調させました。

容赦なき母となりけり歌がるた    高尾 豊子

 常は優しい母上も「歌がるた」となれば別、家族に情け容赦なく闘志むき出しとなられたのでしょう。昔取った杵づかとばかり、腕まくりをし気合十分な母親像が愉快です。

神杉の雨にはじまる初稽古      根本ひろ子

 神社内の道場から「初稽古」の張った声がひびいてきます。おりしも雨、濡れた「神杉」は一層神々しく、神の領域での目出度くも瑞々しい新年の景を切り取っています。

雪晴の朝の顔しらみ合ひ       松井 倫子

 珍しく雪景色となった朝の嘱目詠。雪の景を楽しむ家族の顔が雪明りで「しらみ合ひ」、それもまた常にない嬉しさなのです。都会人らしい雪に対する喜びが伝わります。

いく度も首たたむ鷺涅槃変      今澤 淑子

 「涅槃変」とは釈迦入滅の頃の季節の変わり目を指します。この頃から生あるものが活動を始め、「鷺」もまた水辺で魚を盛んに狙い始めます。「首たたむ」の巧みな措辞で、鷺が一旦気を緩めた時の様子が想像されます。

香煙の揺らぎに時雨去ににけり    五島 節子

 見つめていた「香煙」がひと揺れし、作者は先ほどまでの「時雨」が止んでいたことに気づいたのです。ふとした出来ごとに微妙にこころの揺れを覚えるのが俳人です。

向き変へし横顔りりし初雀      大東由美子

 恐らくこの雀、常に作者の庭に飛んでくる雀なのでしょう。しかし「初雀」という作者の意識が「横顔りりし」の感慨を呼んだのです。このように新年詠は目出度いこころを忘れず、平常の景を詠めばよいでしょう。力む必要はありません。

見届くること沢にあり新暦      石井 耿太

 「新暦」に予定を書き込んでいると色々な思いが膨らみ始めます。歳を重ねてきた者にとって、それは時代を生き抜いてきた自負と責任から生まれる思いかも知れません。そんな思いを「見届くること沢にある」と呟いたのです。